読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、3人の子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

子供ができたら買う本三冊 おまけで読む本二冊

毛利子来は保育小児医学の専門家で『現代日本小児保健史』など著作多数

 いつの間にか、僕には子供が3人いる。子供たちを曲がりなりにも楽しく育てられているのは、客観的で正しい情報と、有益な助言に従っているからだ。義務教育で教えてもらえるひらがなや四則演算と違い、子育てについては自分で学ばなければ困難は増すばかりだ。算数を知らなければ、買い物に行って高いものを買わされるのと同じく、子育ても知識がなければ、自分が損したり苦しんだりすることになる。

 しかし、インターネットで有益な情報を得ることは難しい。インターネットはいい人ばかりの世界ではない。検索すれば、困っている子育て家族から一銭でも多くむしり取ろうとする記事ばかりが出てきて、本当に子供のため、親のためになる記事に辿り着くことは難しい。しかし、子供を育てていれば毎日のようにとんでもないことが起こり、常に情報を探し求めることになる。

 だから、子供が産まれてくる前に、頼りになる本を買って手元に置いておくことだ。ずっと読み継がれてきた本は、読んできた人たちがこれは正しい、便利だと考えられてきたものだ。つまり、多くの親たちにその良さ、有効性が承認されている。数ヶ月前にアップされたばかりで、SEO対策をしてあるから検索上位に出てくる、というサイトとは違う。頼りになる本というものは、長年の歴史や、翻訳書であれば多くの国々で、その良さを認められてきたものである。

 本を買い、それを読んでおき、また何かあった時に索引から辿ってそれにあたること、これは母親父親共同の仕事として心得てもらいたい。スマートフォンで見る画面は、一人しか見られない。本は、開いて二人で覗き込み、回し読みできる。そこで会話が生まれ、よりよくするにはどうしたいいか、知恵が出る。本を手元に置き、本を活用して、子供をめぐる生活をより良いものにしてほしい。そういう思いで、この記事を書いた。

 

子供ができたら買う三冊

一冊め:松田道雄『育児の百科』

  松田道雄(1908 – 1998)は、小児科の医師である。そして『育児の百科』は、1967年に彼が出した育児書である。

定本育児の百科 (岩波文庫)〔全3冊セット〕

『育児の百科』がオススメな理由

 『育児の百科』は誰にでもわかりやすいように、そして基本的には全て医師の実体験や経験則をふんだんに織り交ぜながら、書かれている。

 子供が生まれてこの先3ヶ月、あるいは6ヶ月のうちに何が起こるのか、あるいは子供が病気をしたり肌荒れを起こしたとき、あるいは怪我したときにさっと引くと、その対処法が明快に書いてある。単に対処法が書いてあるだけでなく、その状況をも明記するのがこの本の特徴だ。すなわち、何か子供が病気をした、そうするとたちまち姑が駆けつけてくる、あるいは医者はこんなことを言ってこれこれの薬を出す、子供はだいたい三日ぐらいで、元気に走り回るようになる……といった具合に、病気や怪我などの事象が発生し、それが認識され、そして人々の間でどのように扱われるか、ということまで描いてあるのだ。

 そして保護者は、子供だけでなくその周囲の人間の反応や、あるいは自分の中に生起する感情に対して、どのように対応すればいいのか、ということまでが書いてある。姑には心配ないといっておく、医者がこんな薬を出してもどうせ効かない、母親は子供の具合をみて心が締め付けられるだろうが、明日には治るからあまり心配しないことだ、診療の時だけしかわからない医者や、夜だけ帰ってくる配偶者が何か言っても、これこれの状態については日々接している母親が一番よくわかっている……といったように。こういったことが、例えば子供が3ヶ月の時にどうするか、母乳で育てている場合、ミルクの場合、集団保育の場合、風邪をひいたら、たんが出たら、熱が出たら……という具合に、生まれた時から小学校に上がる6歳ぐらいまで、厚い文庫で3巻にわたってずっと書いてある。

 子供のことでわからないこと、悩み事が出た時にすぐ読む。そしたら必ず何かしら求めることが書いてある。これがいわば育児の処方箋たる本書の魅力だ。

 

二冊め:ジーナ式 赤ちゃんとおかあさんの快眠講座

 次に紹介するのは、ジーナ・フォードというイギリスの元看護師が書いた本だ。フォード氏は1960年代の生まれで、乳幼児の生活リズムの作り方、育児の具体的な方法論を書いた本書を1999年にイギリスで出版し、一躍有名になった。

ジーナ式 カリスマ・ナニーが教える 赤ちゃんとおかあさんの快眠講座 改訂版

ジーナ式」がオススメな理由

 なんといっても、母親にとって新生児、乳児を寝かせられるのはこの上ない幸せである。本書の通りに子供をケアすれば、子供が決まったサイクルで寝てくれるようになり、親が助かる。世間の評判だけでなく、僕自身、そして僕の知人たちも、本書には大変お世話になった。

 特に第一子を迎えた親は、子供が泣いている時に、子供が何を求めているのかを正しく認識できない。そして、その正しい認識を誰か他の人が「今この子はミルクではなく眠りたいのだ」と教えてあげるわけにはいかない。

 本書はその問題に対し、時間割管理によってある程度子供のニーズが時間に従って現れるような生活スタイルにすることで、親が子供の希望を正確に汲み取って対応できるようにし、それによって子供も安心して眠り、ひいては親も寝る時間を確保できるようにする、というものだ。

 時間に、時計に従って育児することの重要性は、実は日本でも1世紀以上前から推奨されていることだが、日本では少子化になって久しく、子育て経験者が減少してそうしたノウハウの継承が途絶えた。しかも核家族、シングルマザー、果てはコロナによる対面での支援の欠如により、親はせいぜい数回両親学級や母親学級に行くだけで、何の情報もないところで子供を手探りで扱うことになる。こんな無茶苦茶なことは歴史を振り返っても稀である。本書はそうした親に、親の親や祖父母、あるいは地域のおばちゃんなど、昔は親を手助けしていたであろう人の代わりとなって、子供の育て方のノウハウを伝えてくれる。

 

三冊め:子どもの病気ホームケアガイド

 最後に紹介するのは、日本外来小児科学会が編著の『ママ&パパにつたえたい 子どもの病気ホームケアガイド』である。版を重ねて現在第5版が出ている。

ママ&パパにつたえたい 子どもの病気ホームケアガイド 第5版

『ホームケアガイド』がオススメな理由

 子供は熱を出す。怪我をする。下痢になり発疹が出る。こんなのいちいち病院に連れて行ったら、毎日病院へ通うことになってしまう。しかし親は不安である。まぁ今どきは子ども医療電話相談「#8000」や、救急相談「#7119」が使えるようになり、そのような急な不安にもすぐ応えてもらえる制度が整ってきて非常に助かるようになった。(子ども医療電話相談事業(♯8000) https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/10/tp1010-3.html は国の事業ですから、気兼ねせず、不安なことがあったらどんどん使いましょう。)保育園でもあれが流行っているこれが流行っているとやかましい。親としてはある程度子供に何が起こっているのか把握したい。

 そこで役に立つのが本書だ。昔、『家庭の医学』なんて本が流行ったこともあるが、本書は子どもの病気に特化しており、またその発生のシチュエーションなどもよく整理されており、イラストも豊富で、しかもそれほど分厚くないというわけで、各家庭に備えておきたい一冊である。

 第4版では『ママにつたえたい〜』というタイトルだったのが、第5版から『ママ&パパに伝えたい〜』に訂正されたのもポイントが高い。そうだ。僕のような生物学的に男であるような人間でも父親として育児に参画している場合もあるのだ(皮肉)。

 

おまけの二冊

松田道雄『私は赤ちゃん』

 『私は赤ちゃん』は、赤ちゃんの目線から、育児の様子を描いた物語である。

私は赤ちゃん (岩波新書)

ほぼ見開き読み切りの短編がずっと並んでいて、拾い読みするだけでも面白い。味噌汁が好きなくだりなど笑ってしまう。松田道雄個人の経験ではなく、松田が小児科医として色々なお母さんの話す悩みをよく聞いてきたからこそ書けるものだと感じる。なお、『私は二歳』もある。

毛利子来・山田真『育育児典』

 小児科医で研究書、一般書、絵本まで著作の多い小児科医の「たぬき先生」こと毛利子来と、やはり小児科医で障害児育児にも深い知見を持つ山田真による、子供むけ医学辞典。

育育児典

 「病気」の巻は、上述の『ホームケアガイド』よりもより詳しい説明が得られるので、そうしたものを読むのが苦でないインテリ(?)の親にはオススメ。また、「暮らし」の巻は親の色々な悩みに向き合ってくれる多くのコラムがある。いわば、現代版『育児の百科』である。

『育育辞典』「暮らし」の目次(一部)

本記事を書いた背景

ネット検索より本がいい

 何人も育てていると、子どもの個性もあるし、親の環境や性向もあるしということで、悩みは尽きない。そうした時、僕は自分の性格上、専門家に次々相談していくことになる(充実した行政サービスがそれを可能にしてくれる)。小児科医、助産師、看護師はもとより、保健師、心理士、保育士、学校教師、精神科医歴史学者、思想史家、もちろん先輩ママ・パパ、親戚……多様な人が、多様な立場から自分なりの出産育児に関する知見を提供してくれる。ここに紹介した三冊+二冊は、そうした知見をもとに、特に初めて子供を迎えた夫婦にとって、最も助けになる本だと思って、挙げたものだ。

 専門によって、関心や好みも変わってくる。僕自身は非常に馴染まない、全く好きではないと感じているが、保育士や心理士から人気が高いのが、佐々木正美の著作である。『佐々木正美の子育て百科』や『子どもの心の育てかた』などがある。一応公正のためにここに紹介しておきたいと思うが、これらの本に書かれていることは、一歩間違えば「親学」や、母親だけに過剰な負担を強いる性別役割分業的な発想に繋がりかねない。そうした批判的観点を持ちながら読むなら、参考になる部分もあると思う。

 ところで先般から、大幸薬品のクレベリンという商品が、効果もないのに誇大広告をしていたということで消費者庁に指導を受けている(クレベリンの浮遊ウイルス除去効果は「根拠ない」…大幸薬品「深くおわび」「返品は受け付けず」 (msn.com))。2022年5月になり、ようやく誇大広告は止められたようだが、問題なのは、この商品が『たまひよ』で「たまひよ赤ちゃんグッズ大賞2021」に選ばれていることだ。『たまひよ』とは『たまごクラブ』『ひよこクラブ』というベネッセが出している雑誌の総称で、これらは子育て世代を狙った雑誌である。そして、そのような雑誌がほとんど詐欺のようなこの商品を「大賞」として堂々と推奨したことが何を意味するか、よく考える必要がある。ここで併せて考えていただきたいのが、先日早稲田大学マーケティング関連の講座であったという「生娘シャブ漬け戦略」の問題発言だ。マーケティングというのは、本来は、あるものが必要な人とそのものを売っている人とを結びつけるきっかけを作ることだが、一部の人は、「シャブ漬け」とも比されるように、無知な人を非人道的な方法も辞さない形で騙して商品を買わせるという方法としてマーケティングを考えている。

 さて、出産をし、授乳をするのは当然母親である。また、生物学的な理由で20〜30代の母親であり、加えて、高学歴なほど出産年齢が上がることから、子供を産んだばかりの母親というのは、統計的に考えれば、低学歴で若い女性が多いということになる。そして、『たまごクラブ』と『ひよこクラブ』のターゲット層は、そうした20代の女性であるということになろう。そして、そうしたまだ社会経験も浅いまま家庭に入った女性に、詐欺同然の商品を「大賞」として売り付けているということが、どういう意味を持つのか。僕は『たま』『ひよ』をいずれも読んだことがないが、こうしたことがあると、なおさら読まない方がいいと感じてしまう。

 ネット検索で情報を得るのも同様だ。このページにネット検索で辿り着く人は多くないだろう。代わりに、ネット検索の上位に来るのは、情報リテラシーが低く、また、出産育児を前にして苦しんでいる女性たちを、今にも食い物にしてやろうとしているサイトばかりである。これはいくらなんでもひどいではないか。

 僕がこの記事をわざわざ書くのは、検索しなくても悩みに答えてくれて、長年読まれ、あるいは世界で評価が高い、という本を紹介することで、間違ったネットの情報に踊らされ、人畜無害どころか多少害まであるようなものをわざわざ買わされるような人を減らしたい、という義侠心が1%である。なお、残りの99%は、アフィリエイトリンクから本を買ってもらえれば少し僕の収入になるという下心である。

 

子育て経験者かつ研究者としての目線からの『育児の百科』

 世の中でも、『育児の百科』は単なる育児書ではないすごい本として評価されていて、1998年まで改定が続けられ、その死後に至っても、文庫となって継続的に出版されている。(僕がこの文章を最初に書いた)今年は2018年だから、もう半世紀以上も人々に読み継がれている育児書は、これの他にはルソーの『エミール』ぐらいしかないのではないだろうか。『育児の百科』を出版している岩波書店は、この本を次のように評価する。「最晩年まで社会的活動を続けた著者の仕事の集大成であり、平易な言葉で書かれた思想の書である。」この本は、「思想の書」なのだ。著者は一介の医師でありながら、ロシア革命研究者、あるいはアナーキズム研究者としても知られており、『日本アナキズム運動人名事典』にも名前が載っているほどの人物(これには鶴見俊輔の推薦があったと、A文献センター通信に書いてあった)。その思想は、戦争体験とその後の戦後民主主義、そして20世紀を底流する社会主義研究、あるいは様々な運動のなかで醸成されてきたもので、赤ちゃんを東大に入れる流のチンケなものではない。

 子供を前に、その人の全権を委任されている立場として自分が親や保護者となった場合、子供にどのように接するべきか、ということは、まさに思想の問題であり、自らの思想が問われている。その現場において、子供にフラットに接する、ニュートラルに接するということは全く意味がなく、意味がないばかりか不可能である。子供に対して働きかけることは、それの正当性や根拠を子供の側に求めることはできず、逆に子供にとって馴染みのない抽象的な社会や国家に求めることもできない。つまりそこで起こることや自分の働きかけ自体が、自分自身に問われている。しかし、そのことは、親としては責任重大すぎてとても辛いことである、というのもそれは、子供への働きかけの結果を全てその働きかけをおこなった保護者や親が負わなくてはいけない、ということであるからだ。で、まさにこの部分が思想書たる所以なのだが、松田道雄は、まさにその辛さをむしろ肯定的に引き受けて良いのだ、ということを繰り返している。つまり医者や姑や隣人の言葉ではなく、自分と子供の関係に立って物事を考え、保護者自らが、自分を信じて、子供に対する働きかけを決定することを説いている。

 松田はもちろん、そのことが持つ重さ、全ての責任を保護者が負わなくてはならなくなること、その重さをよくわかっている。だから、結果についての評価は下さない。むしろ、様々な働きかけを自主決定した結果としてどのようなことが現れようとも、それは子供の多様性としてありのまま受け入れるべきだと説くのである。医者や姑や隣人といった外部の規範、外部の統治を無批判に押し付けるのではなく、自らの中に子供との関係のあり方を見いだすこと。これが、松田道雄が『育児の百科』で、明示的には書いていないが、立脚している基準点なのである。小さな市民との関わり方の思想書、これが『育児の百科』の主旨なのである。

 

(2018年9月30日に書いたものを修正)

 

【子育て関連記事】

yondaki.hatenadiary.jp