くるりの「赤い電車」の芸の細かさ
くるりの「赤い電車」
昨日は家を出なかったのでナーバスな記事を書いた(何もない日々 - 読んだ木)けど、今日は家にいなくていい日だし、晴れてて日光を受けて気分が上々だし、何もなくてもいいような気がしてきた。
こういう時は、奥田民生の「イージュー★ライダー」を流すに限る。気が抜けて楽になれる。
このまま電車に乗ってどこか海の方へでも出かけたい気分である。そこで頭の中に流れてくるのがくるりの「赤い電車」。(この写真はC62だけど。梅小路のかな? スワローエンゼルかっこいい)
「赤い電車」はシーメンス製のGTO-VVVFインバータSIBAS32を積んだ京急の2100形と1000形をモチーフにした歌で、「ドレミファインバータ」と呼ばれる独特のインバータの変調音が曲中に再現されていることで知られている。ドレミファインバータの「ドレミファ」は階名読みで、実際には「ファソラシ」である、と一般に言われていることから、歌詞の中では音名読みとして「ファソラシドレミファソー」という表記でそのインバータ音が再現されている。
インバータ音の再現
「ファソラシ」インバータだから、この曲はF dur、つまりヘ長調で書かれている。歌詞の「ファソラシドレミファソー」は、メロディの音名では「ファソラシ♭ドレミファソー」である。だが、ここには落とし穴がある。確かにインバータは「ファ」から始まる音階なのだが、その調はB dur、変ロ長調なのだ。だから、インバータは「ファソラシ♭ドレミ♭ファソー」と鳴っている。シーメンスの狙いはわからないが、確かに、全音階の主音の1度音から始まるより、5度の属音から始まる方が動きが出て、電動車の起動音に相応しいのかもしれない。そして、鉄道に深い愛を注いでいるくるりの岸田は、間奏の中でこの音をエレキギターで忠実に再現している。そうすると、間奏で移調しないと音がぶつかる。B durに転調すれば簡単だが、順次進行を特徴とするこの歌でそんな転調をすれば雰囲気が壊れる。そこで、E♭M7、Dm7、D♭M7、Cm7と解決しないままドミナントを繰り返して下降することで、ファから始まるシ♭の音階を溶け込ませつつ、終点に近づいていく雰囲気を表現している。これはあまり知られていないことかもしれないが、F durで曲を書きつつB durを突っ込むために行われたこの処理は、僕はすごいテクニックだなと思う。
コンプレッサ音の再現
もう一つ、あまり知られていないこの曲の興味深いポイントは、間奏でインバータの音だけでなく、コンプレッサの音も再現されていると思われることである。京急2100形および1000形のコンプレッサはこれまたドイツ製で、クノールブレムゼ社製のSL-22形というスクリュー式のものである。鉄道のコンプレッサは、スクリュー式のほかには国鉄車両がぶら下げていたようなレシプロ式のコンプレッサや、近年主流のスクロール式のコンプレッサがある。レシプロはシリンダのトトトト……という音が特徴で、スクロール式は連続的なブイーンという音がする。これに対してスクリュー式は、レシプロやスクロールのように作動部が接触する機構がないためそのような打音はせず、フゥイーンというやや透き通った回転音がする。さて、赤い電車の間奏では、インバータを模した上昇下降音形が2回繰り返された後、雰囲気の違うエフェクトでGの音が揺らぎながら伸ばされる。インバータの下降音形、つまり回生ブレーキの動作が終わった後なので電車は停車している。そこで動き出すのがコンプレッサだ。減速時のブレーキで減圧したタンクに空気を送り込むためにそれは働く。このGの音は、それを模しているのではないか。もしそうだとしたら、随分と芸が細かい。
ドレミファインバータへの個人的な思い入れ
手元に保存されている動画を見ると、僕が最後にドレミファインバータを記録したのは2019年春の1025編成であった。この編成はその直後に機器更新が施され、歌わなくなっている。残るは1033編成のみで、2020年度に更新されることが確実視されていたことから、その年初からもうなくなる、もうなくなると言われ続けてきた。コロナ禍の影響もあって春は生き延び、夏にはなくなるかと思われたがまだ大丈夫で、冬には公式のインスタでも取り上げられ、ついに……と思われたが2021年を迎え、春になったいまでもまだ走っているらしい。ぜひインバータだけでも、横浜に新しくできた京急本社の下の博物館に置いてその音を楽しめるようにしてもらえないものか。
というのも、ドレミファインバータに僕はそれなりに思い入れがあるのだ。京急ユーザではなかったが、小さい頃に常磐線のE501系でその音を聴いていたから。僕はそこに、ある種のノスタルジーを感じているのである。上野口にE501が来て、まだ103系と415系が現役で、651系が駆け抜けていった時代の常磐線を思い出すのだ。
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