読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、3人の子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

JR上野駅公園口

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 東京駅丸の内口の行幸通りを彷彿とさせるような、真っ白で広い遊歩道が改札から続いている。改札前の道路は左右に分断され、横断歩道は廃止された。ここは新しいJR上野駅公園口。春の日差しが芽吹き始めた木々をやわらかく照らしている。改札を出た人は自然、奥に広がる公園へといざなわれる。

 渋滞、防災、安全など、さまざまな理由をつけて道路を広げることに余念のないこのアジア屈指の大都市において、その規模において十指に入るターミナル駅の改札の前の道路を撤去するというのは、大した決断である。確かに広くて長い遊歩道とか、駅につながっている広大な公園というのは、ヨーロッパにもたくさんあって、フランクフルト中心部の遊歩道やトラムで行けるヨーテボリのスロッツコーゲン公園などを思い出すが、上野駅のように、フランスのギャレ・ド・ノードのような、他国でいえば国鉄の大ターミナルの駅前にそのまま公園が広がるというのは類例が希少だと思う。

 そもそも東京というのは、道路がたくさん走っているとはいえ鉄道と皇居でできた街で、東京都心の地図といえば皇居と山手線でだいたいイメージが湧くと思う。他国の街のように川や海、公共の広場ではなく、宗教施設というか国家施設というか、そういうものが中心のアイコンになるというのは東京の特徴で、これは北京とかも似ているから都城制の名残りなのかもしれないが、だからこそ恩賜公園である上野公園が駅と繋がれるってことがあると思う。都市計画とかじゃないんだよな。それを避難地域にするとかいう都市計画上の理由は、そこにそれがあったから後付けでそうなったという話で、それがそこにあるのはやっぱり宗教、国家的な宗教の力というか。ヨーロッパでも、王家の土地とかが広い公園になってたりするわけで。いやでも駅前からってすごいよな、東京駅から皇居、上野駅から上野恩賜公園っていう、ちょっと離れてるのも含めれば、新橋駅から浜離宮浜松町駅から芝離宮新宿駅から新宿御苑原宿駅から明治神宮。中央線なんて新宿、代々木、千駄ヶ谷信濃町四ツ谷まで御苑と外苑、赤坂御所の最寄駅ってわけで、まぁほんといろんな意味で天皇を中心とした宗教のパワーを感じるわ。

 

JR上野駅公園口 (河出文庫)

JR上野駅公園口 (河出文庫)

 

 

 数年ぶりにJR上野駅公園口に行く用事ができたので、柳美里の『JR上野駅公園口』(amazonリンク→JR上野駅公園口)を読んだわけだ。上野公園に暮らしていた東北出身のホームレスの物語の背景に流れる天皇制の力学とオリンピックの話が、ローカルな貧困とグローバルな政治経済とをリンクさせて、やるせない気持ちになる。柳美里の作品を読むのは『ゴールドラッシュ』(amazonリンク→ゴールドラッシュ)以来だと思うけど、この、現場に生きる人に即した目線で書かれていることが氏の作品の魅力だと僕は思う。現場っていうのはおかしいかな、なんていうんだろう、本当にそこに生きている人のありのままの息遣いで、というか。ホームレスとか水商売の従事者とか、そういう人を主人公とかにする小説って多いと思うんだけど、そのリアルな苦しみ、苦しみっていうのもちょっと違うんだけど、そのリアルな息遣い、この息遣いって言葉いいな、そういうものを柳美里の小説って表現してると思うんだよね。すっすっはっはっ、あれ、なんかそういう息遣いをそのまま擬音語で書いた柳美里の小説も知ってる気がする。なんだったかな。おじいさんの話かなんかじゃなかったかな。走ってる人の。

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改札の先のベンチに、見慣れたはずのホームレスの姿はない

 で、柳美里の『JR上野駅公園口』の、いやこれネタバレになるから書かないほうがいいかな、とにかくその小説の中に、当然、JR上野駅公園口正面にある横断歩道が出てくるわけよ。それがなくなるっていう、これはその小説を読んだ人にとっては、これ以上ない皮肉だなって思うんだよね。その境界線すら取っ払われるってこと、天皇をめぐる力学と文字通り地続きになるっていうかね。それは読み込み過ぎかもしれないけど。うん。

 

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 駅から公園を抜けて、東大を抜けて本郷まで、信号がある横断歩道は不忍通りだけになった。なんかこう書くと、ちょっと夏目漱石の『三四郎』も彷彿とさせられる。

 

三四郎 (新潮文庫)

三四郎 (新潮文庫)

 

 

 鉄道と天皇制といえば、原武史の研究だ。あんまり読んだことないけど。おいおい読んでみようかな。

 

「線」の思考―鉄道と宗教と天皇と―

「線」の思考―鉄道と宗教と天皇と―