読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

求職者が頼るべきは適性診断か、タロットカードか

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仕事がない時には、しばしば何もない空を見上げていた

 仕事がないというのはなんとも不安だ。僕は仕事のない状態に慣れている方だが、それでも、2年ほどの無職期間を経て今の仕事に就いてから、急に体重が5キロ増えた(ヘルスアプリに昔の健康診断の結果と、最近の計測値を入れている。「リーズナブルで高機能な体重計(体組成計) - 読んだ木」参照)。ある種のストレスから解放されたということの結果だろう。そういう不安な心理状態の時は、科学的か非科学的かにかかわらず、色々なものに縋ろうとすることになる。向精神薬から占いまで、縋るものはさまざまだろう。近年、就活生や転職者、求職者向けの適性診断のようなものが、流行している。あれの一部も新手のスピリチュアル商法で、興味深い。

 

 

適性診断が科学的かどうか

 学歴や性別、答えが一意に定まっている筆記テストの結果など、客観的な情報を統計化して、職能に応じた仕事を割り当てるというものであれば、アメリカなどでも相当体系化されたシステムがあり、これは科学的といってよい。また、精神病の世界では、ある種の状態を統計的に定義し、その状態に至っているかどうかをアンケートによって判断する、という方法が長く取られている。これも、患者が継続的に有している精神状態を、あるボーダーを基準に判明にするものだから、科学的といえよう。心理学の世界では、過去24時間のうちに、とか、過去7日間でどう感じましたか、という質問手法が取られる。それは、思いつきのバイアスを排除しないと正しく測定できないからだ。これも同様に、科学的な妥当性を求めた結果である。これらのやり方に即して、大企業が個人情報を収集しまくってビッグデータ解析で因果関係に近い相関関係を導き出して行われる適性診断は、全く非科学的であるとも言えず、参考になる部分もあるかもしれない。

 しかし最近流行している適性診断の中には、昔小学校で流行ったような心理テストのようなものもある。アンケートに対し、パッと思いついた内容で回答してください、というものだ。この回答を、回答者の属性もろくに分析せずに統計化するのだが、もちろんその場合、その回答と回答者の属性には因果関係がないので、その統計は意味がない。回答者数が増えるに従って、その統計がもたらす回答者と職業の相関関係はどんどん変化してしまい、無意味な分散になるだろう。誰しも経験があると思うが、朝と昼と夜、あるいは昨日今日明日で、自分の感じ方や考え方は変わる。もし詳細な診断であれば、少しの回答の変化がその結果に大きく作用するはずだから、その適性は昨日今日で変わってしまうということになる。あるいは、大雑把な診断であればいつ回答してもあまり変化がないかもしれないが、そのような大雑把な診断でわかる適性などあるまい。その場の思いつきで考えずに答えてください、というのは、どんなにデザインに凝った適性診断であっても、単にオカルトの心理テストに過ぎないことを明示しておかなければ、それに騙される心に不安を抱えた求職者がかわいそうだ。しいたけ占いと何も変わらない。

オカルト適性診断よりスピリチュアルの方が……

 しかし、実際にそういう診断が有用であることがないわけではない。それはどういう時か。診断を通して、回答者が「自分はこういう質問をされたときに、こう答えるような人間である」あるいは「そういう人間になりたい」という意識を判明にする場合だ。それは診断がえらいのではなく、診断に答える回答者がえらいのである。診断を通して、自分を見つめ直す機会にしているのだ。しかし、そういう人には、年収や性別、居住地などの個人情報を抜き取られる適性診断よりも、もっとおすすめなものがある。

 それは、タロットカードなどの、スピリチュアルな技術だ。表向き科学的な装いをまとった心理テストレベルの適性診断に騙されて個人情報を垂れ流すくらいなら、最初からスピリチュアルな手法を用いた方がよい。スピリチュアルなものは、本当に御宣託が外部からやってくると信じ込んでしまうぐらいになってしまうとまずいのだが、個人の心中のモヤモヤを、適当なツールを使って外部化することで、自分の目指す場所やなりたい姿、それに至る方法を明確にするためには、非常に有用である。就職活動などで、色々と文字で書かされるが、あんなもので自分を表現できるのは一部の言葉を十二分に操れる人間たちだけだし、その人間たちとて、言葉の流れに引っ張られてあるべき像を書いているだけで、本当に自分の求めているものを言葉で表せているかは怪しいものだ。それに比べ、絶対に因果関係はないが、それを引くとなんだか自分が説明されているようになるタロットカードとか、何にも見えるはず聞こえるはずがないのに、透明な玉とかその辺に転がっている石から何かを読み取ることができる方法とか、そういったものの方が、自分の声に耳を傾けやすい。つまり、(少なくとも近代思想における自己の精神の非延長性を信じる立場からは)カードや玉や石を通じることで、自分の思っていることや言葉にならないことを、今の自分が思考上であるべきと定義しているあり方を離れて、聞き取ることができるのである。そのための手法としてのスピリチュアルな手段は、流石にその分野が相当に開発されてきていることもあって、よく発展していると思う。

 ただ、スピリチュアルなものにのめりこむあまり、科学的に妥当とされ、万人に承認されていることをあからさまに否定したり、自分以外の人やものがいっていることだけを鵜呑みにしたりし、それだけならまだしも、それによって自分の生活が不自由になったり、周囲に迷惑をかけるようなことがあってはいけない。ただ、適性診断と称して、なんでもいいから真面目に働いている人をたぶらかして、まるで今いる場所の外に、自分の行くべき運命的な職業があると思わせることでリクルーティングの仲介フィーを稼ごうという資本主義的悪巧みに騙されるぐらいなら、そんなもので自分を測るのではなく、すでに長年の蓄積があって、色々なノウハウもたまっているスピリチュアルな方法を用いる方がよい、という話だ。

科学を信じるからこそ、非科学をうまく使える

 僕は、ハーマイオニー・グレンジャーほど書かれたものを鵜呑みにして信じることができるわけではないのだが、基本的に科学的な知見を信じている。放射性物質がないところに急に放射線が飛び交うことがないことを知っているし、ワクチンは証明された統計の確率の範囲内において十分に安全であることを肯定している。しかし、世の中には、残念ながら、客観的に再現性を証明されたとはいえないもの、あるいは統計は示されているもののその現象の間に因果関係が認められないものが非常に多くあり、それが資本主義のなかで利益を上げるために、つまり人をその科学の力で騙すために喧伝されていることもしばしばあることも知っている。だから、宣伝されているものが信じるに足る科学的知見に基づいているかどうかを判断することは、慎重な検討を要する。前に買いた、空気清浄機を買うときにしばしば出てくる「マイナスイオン」なども、僕個人にとっては理解不能なものの一つである(加湿機能付き空気清浄機を選ぶ - 読んだ木)。そう考えてくると、案外、科学的として受け入れられるほど科学的なことは、多くない。しかし、生きていく上で科学的な知見だけでは頼りないことがしばしばで、科学的知見だけを頼って生きていけるほど強くもない。そこで、むしろ非科学的であることを理解した上でスピリチュアルなものに頼るのは、かなり有用な手段だと思っている。

 今の日本は宗教があまり分別されていない国で、それはこれと言って頼れる強い精神的(スピリチュアルな)な依存先がないことを意味しているが、逆にそれほど強い信仰がなくても、スピリチュアルなものを生活に活かしていくことのできる環境でもある。おみくじやタロット、占いに神父や坊さんの説教、なんでも頼ってよい。それに頼ることで、自分のあり方や自分の思いがクリアになれば、自分の苦しみも軽減され、自分のモチベーションも高まってくる。これは自己を中心とした近代のイデオロギーを僕が強く信じているからそのような解釈になるのかもしれないが、しかし誰にでも当てはまることだろう。むしろ、科学を信奉すると自認する人々こそ、科学の限界を知り、その外でうまく非科学的なものを使うような慣習があった方がよいと思う。さもなければ、科学の中に忍び込んだ非科学的なものに騙されて、洗脳されてしまうことに繋がりかねない。毒から遠ざかるのではなく、その使い方を知るのだ。そうすれば、毒薬変じて薬となる、というように、案外便利であることを知るだろう。

就活生や求職者、転職者の不安に付け入るようなサービスは不適切

 それにしても、ここで取り上げた一部の適性診断サービスのような、仕事のない不安、あるいは仕事の辛さや仕事を続けていくことができるかどうかの不安につけこんで個人情報を収集して儲ける似非統計科学には閉口する。それが本人の役に立つならいいが、結局本人をさらに不安にさせることでリクルーターが儲かるだけで、OJTもキャリア形成も進まないし、本当によくない。労働市場流動性は、そういう変な診断じゃなくて、それぞれの人が自分のいる学校や職場などでまずスキルを磨き、そのスキルがどこで使えるかを問うことで成立しなくてはならない。特に、まだ社会経験がなく、若くて個人情報保護の知識もない就活生の個人情報をさっさと抜き取っておいて、就職後にまた転職の勧めを何度も送りつけるなど、ちょっと目に余る。スキルも何もわからないのに、心理テストで就職先転職先がさっさと見つかるほど世の中甘くない。そういうものは消費者庁などが取り締まるべきなんじゃないだろうかとすら思う。

 ただし、こういう記事を書いておいてなんだが、スピリチュアルなものは自分の精神安定のためのゲームに使うにとどめ、ねずみ講マルチ商法新興宗教にハマるということは危険である。タロット占いなんて、ネットにたくさん記事があるし、amazonでカードも売ってるから、自分ですぐできる。他のスピリチュアルなテクニックも、まずは本を買えばいい。変な団体に入ることはおすすめしない。セミナーを受けたりする必要もない。不安に付け入ろうとする人は、それを大っぴらにやっている企業ほどひどくはないにしろ、スピリチュアル界隈にもたくさんいるので、気をつけたい。本当に精神に不調をきたしているなら、心療内科にいくのがよい。地域の医師会のサイトとかから心療内科を選んで、予約する。それができなければ、信頼できる友人か、親族に頼むことだ。

 とにかく、仕事がないときは不安になるものである。仕事があっても不安になるものである。もうこういうご時世で、そういう苦しみを抱いている人がたくさんいて、それに付け入るビジネスがあちこちで伸びているのを見ると心が痛む。本当に苦しんでいる人にお金や物資が流れるようにしてほしい。また、苦しんでいる人が、その苦しみの深さに応じて、適切なサービスや方法を取れるようになってほしい。どうしたらそうなるのか、僕にはわからないけれど……

 

▼この関連の記事

yondaki.hatenadiary.jp

 

牧野智和氏の「自己啓発」ブームの研究は参考になる

 追記(3/27):ちょうどこの記事を書いた翌日に、以下のような記事が出ていた。

president.jp

 牧野智和『自己啓発の時代』の要約のような記事だが、その先の展望までこなれない形ではあるものの描こうとしていてちょっと共感が持てる。

 

自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究

自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究

 

 個人的には、こちらの方が僕の関心には近いかも。就活も自己啓発化されているからね。企業側からすれば、自己が啓発されていようがいまいが能力があれば関係ないんだけど、採用担当者が学生より強い立場に立つためには、自己啓発が非常によく機能する、ということをこの本から読み取れると思う。

日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ

日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ

  • 作者:牧野 智和
  • 発売日: 2015/04/09
  • メディア: 単行本