
はじめに
AA地域との交流
最近、ツイッター(現×(エックス))上で、AA地域の情報がふんだんに流れてくる。AA地域とは、冷戦下で東西陣営どちらにも属していなかったアジア・アフリカ(Asia-Africa)地域を指す言葉で、これにラテンアメリカも含めて第三世界ともいった。
ツイッター上でアカウントを作って稼ぐビジネスが始まると、そうした地域から多くの人がアカウントを作ってツイッターのユーザーとなり、そのビジネスに参入した。そのビジネスモデルはよく知られている通り、自分の投稿した短文をたくさんのユーザーに見てもらうことで、併せて表示される広告の広告費のおこぼれにあずかるというものだ。
自分の短文がどれだけの人に見てもらえたのかは、運営会社がインプレッションという指標で公開している閲覧数の数値でわかる。その数の大小に比して収益も増減するので、閲覧数の最大化を狙って短文を投稿することを「インプレッションを稼ぐ」と表現されたりする。
インプレッション稼ぎを目的としたアカウントは、効率的に投稿のインプレッションを稼ぐため、ツイッターが多く利用されている言語ですでに多くのインプレッションを集めた投稿をコピーして再投稿するとか、そうした投稿に返信することでその投稿と一緒に表示してもらう、などの戦略をとる。
日本はツイッター利用者の多い国で、ゆえに日本語でインプレッション稼ぎを目論むAA地域からのユーザーも多い。しかし、そうした地域で日本語を話すことができる人は希少である。ゆえに、とんちんかんな日本語で投稿したり、返信しても上手くやり取りできないという自体が生じる。
見た目は普通のアカウントなのに言葉は通じず、インプレッションを稼ごうとして理解不能な返信を繰り返し行うなど、ときに執拗に絡んでくる。ということで、そうしたアカウントはAIか何か自動化されたシステム、つまり生きていない人間がやっているのではないかと思われ、そうしたアカウントを「インプレ・ゾンビ」と呼称する人もいる。
しかし、事情に詳しい人は、そうしたアカウントの一部はAA地域の人が人力で運営していると見抜いていたようで、ある人がこんな投稿をした。
(聴こえますか、アラブやパキスタン、イラン等にいるインプレゾンビのみなさん、、、カタコトでもいいので日本語でしゃべりながら地元の料理や音楽をカメラで撮ったもの、自分の日本語学習進捗をXにアップロードしインプレを稼ぐのです、、、そちらのほうがハラールです)
— 𐬨𐬀𐬕𐬀𐬳𐬀𐬯𐬀𐬥 (@masayasan201911) 2024年5月13日
「(聴こえますか、アラブやパキスタン、イラン等にいるインプレゾンビのみなさん、、、カタコトでもいいので日本語でしゃべりながら地元の料理や音楽をカメラで撮ったもの、自分の日本語学習進捗をXにアップロードしインプレを稼ぐのです、、、そちらのほうがハラールです)」(
🌷𐬨𐬀𐬕𐬀𐬳𐬀𐬯𐬀𐬥(@masayasan201911)氏の投稿、2024年5月13日、https://x.com/masayasan201911/status/1789821994088727026
)
諸情報を突き合せると、この方は日本エスペラント協会や日本ウラル学会などで精力的に活動するSさんという方らしく、まったく面識もつながりもないものの、相当の教養のある方のようだ。
アラブやパキスタン、イランなどアジアの人よりさきにこの投稿に反応したのは、アフリカのナイジェリアに住む多くのツイッターユーザーであった。
以来、ナイジェリアユーザーは自分たちの住む街、伝統文化、部族を日本語で精力的に紹介してくれている。僕は、訪れたことも、学んだこともない見知らぬ世界を興味深く思い、ここのところ数人をフォローして勉強しているところだ。
アマゾン像をめぐって
ベナン共和国のアマゾン像
そんな折、興味深い投稿が流れてきた。それは、「アマゾン像」の写真である。
日本人の皆さんこんにちは
— Baby❤️🌶🌶🌶🥵 (@fadererah_) May 29, 2024
これは、ダホメの女性戦士を称えるベナンの高さ 30 メートルの「アマゾン」像です。
この写真は私がベナン共和国を訪れたときに撮ったものです 🇧🇯 アフリカの国 pic.twitter.com/TZaQNXZuzr
「日本人の皆さんこんにちは
これは、ダホメの女性戦士を称えるベナンの高さ 30 メートルの「アマゾン」像です。
この写真は私がベナン共和国を訪れたときに撮ったものです 🇧🇯 アフリカの国」
(Baby❤️🌶🌶🌶🥵 (@fadererah_)氏の投稿、2024年5月29日、https://x.com/fadererah_/status/1795835128616559010)
確かに写真には、大きな女性の立像が写っている。
ぱっと見た時、僕は左胸の乳房がないように思えた。「アマゾン」とは、弓を引くために乳房を切り落とした、a(ない)-mazon(乳房)の戦士を指す言葉といわれているからだ。
おお、これは神話上のアマゾンを象った像なのか、一体どんな文献をもとにデザインしたのだろう? と思って調べてみると、すぐにそれが全くの間違いだったことに気づく。
このアマゾン像についての日本語の解説が、公文のあるサイトに上がっていた。
それによれば、この像の由来は大方以下のようなものである。
"Benin amazons, locally called “Minon” or “N’Nonmiton” meaning “our mothers”, were an elite group of women which main function was to guard the royal palace and protect the king as bodyguard during the period from the 15th to 19th century. They were named Amazons by Western Europeans who encountered them, as they were viewed as equivalent to the female warriors of Amazons in Greek mythology." (地元で「私達の母」を意味する「Minon」や「N'Nonminon」と呼ばれるベナンの「アマゾン」は、15世紀から19世紀にかけて王宮の警備や王の護衛を担った女性精鋭部隊です。彼女たちと初めて出会った西欧人が、まるでギリシャ神話の「アマゾネス」に登場する女性戦士だというので、彼女たちを「アマゾン」と名付けたのです。)
"In 2022, the memory of the Amazons was brought back to the world first by the building of a 30m high statue of them in Cotonou, and a movie titled “The woman King”. " (2022年には、コトヌーに「アマゾン」戦士の30メートルもの高さの像が建てられ、さらに映画「女王」も公開されて、「アマゾン」の歴史が初めて世界に紹介されました。)
(Jacques「Wonder the World Vol.13: “Benin’s fierce defenders: The Legacy of the Amazons”(ベナン共和国の勇敢なボディガード: アマゾンと呼ばれる女性たち)」『くもんイングリッシュイマージョンアクティビティ』公開日不明、2024年5月30日閲覧、https://kumon-eia.com/ww/vol013/)
つまりこれは、アマゾンと呼ばれたダホメの女性戦士を模した像であって、神話上のアマゾンは特に関係ないのであった。しかしおかげで、ダホメの女性戦士たちの物語を学ぶことができた。
ダホメ王国
アフリカは諸部族の連合国家であることが多いので、いろいろな部族の有り様を捉えなければ、アフリカという地域を捉えることもできない。
公文のサイトでは特に断りなくベナンの女性戦士と書いているが、この像の写真を投稿したユーザーも書いているように、これはベナンの戦士というよりダホメの戦士、つまりダホメ王国の女性軍団である。王族の収益源は、新たに侵略した土地の他部族の戦士を奴隷商人に売ることだったから、話は実はもう少し複雑である。
ベナン共和国にはダホメ以外にもいくつかの王国があり、また王国の中もいくつかの民族が入り交じっているはずである。詳しくないので、はっきりとしたことは知らない。カール・ポランニーの『ダホメ王国と奴隷貿易——古式経済の分析』(『経済と文明』の改訳)を読めばわかるのかもしれない。
アフリカのアマゾンたちが戦った相手は、一部はおそらくヨーロッパ人でもあったが、より多く、他部族のアフリカ人だったのではなかったか。負ければ売られるのは自分たちの王国だ。ヨーロッパ人の武力支配の下で、ギリシャ神話の部族の名を与えられ、父や夫を奪われながらアフリカの同胞たちと争わねばならなかった彼女たちの悲哀はいかほどであっただろう。
アマゾンの語源
西洋人が、侵略したアフリカや中南米の部族に「アマゾン」の名をつけることはいくつか例があったらしい。父権社会の西洋人にとって、妻や母といった女性が中心となって部族を支配する母権社会は新鮮なものであったのだろう(ただし、父権社会で女性が戦士という可能性がないというわけではないが)。彼等にとって、母権社会の代表例が、ギリシャ神話に登場する女性が戦士となる部族、アマゾネスであった。
アメリカ大手物流会社アマゾンの社名は、世界最大の流域面積を誇る南米のアマゾン川から取られている。その川がアマゾン川と呼ばれているのも、西洋人が当地で女性部族を見つけ、ここはアマゾンのいる川ということでアマゾン川と名付けたからだ。
アマゾンが "a-mazon" つまり「乳房−なし」を意味することはよく知られているが、それは弓を引くために乳房が邪魔になるので切り落としたからだという説がある。僕はてっきり、アフリカや南米でも乳房を切除した女性たちの部族があるのかと思っていたが、今回のダホメの例を見れば、強い女性戦士がいればなんでもアマゾンと呼んでいたということだろう。西洋人から見れば、神功皇后もアマゾン、天照大神もアマゾンというわけだ。
日本のアマゾン像
なお、日本にも「アマゾン像」として知られる胸像があるらしい。
これは美術界隈でよく知られた、片胸をはだけた石膏像のことで、それこそアマゾンから写真を拝借すれば、以下のようなものだ。
これは、ここ数百年のアフリカの部族女性をモデルにしたものではなさそうである。では、ギリシャ神話に登場するアマゾネスの像だろうか?
確かに縮れた髪、ギリシャ神話をよく参照していたローマ時代風の像という感じがする。しかしよく見ると、布でおおわれた左胸にも乳首が象られており、両胸があることがわかる。だとすれば、アマゾンではないはずだ。
このアマゾン像の来歴についても詳しい記事があった。上の石膏像を販売している店のブログである。
曰く、「石膏像の「アマゾン胸像」は、実はアマゾン族の彫像ではなく、都市としての古代ローマを擬人化した「ローマ胸像」だと思われます」(Gee「K-125 アマゾン胸像」『きょうの石膏像』2014年03月16日、https://ameblo.jp/sekkouya/entry-11624438829.html)ということだ。
おわりに
神話上のアマゾン
思わぬことから、「アマゾン」と呼ばれた女性戦士たちをめぐるあれこれについて調べてしまった。しかし肝腎の、ギリシャ神話に出てくるアマゾネスの話をしなかった。
アマゾン族については、ギリシャ神話集の中でもアマゾン族の女王オトレーレーの一族の働きを描く中で触れられているから、読むとしたらアポロードス『ギリシア神話』とかヒューギヌス『ギリシャ神話集』の中でオトレーレーやヒッポリュテなどの出てくる部分を拾い読みしていくしかないんじゃないかと思う。大要を掴むには高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』の当該項に目を通せばよいようだ。
しかし、近年では解釈も変わっている部分があるという情報もある。上に書いた、a-mazonの理解も通説ではなくなったという話もあるようで、かくなる上は、だれかがギリシャ神話のアマゾン族研究者となって、是非最新の内容をまとめて教えて欲しいと願うばかりである。

