読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

大正期の現代思想入門——中沢臨川・生田長江『近代思想十六講』(1915)と桑木厳翼『現代思潮十講』(1913)

東京のインコはメシのネタに飛びつく

 

大正期の「現代思想」の受容

 日本において「現代思想」が人気なのは、今も昔も変わらない。ただ、大正期の方が、西洋の思想史的文脈の整理も進んでおらず、他方で日本語の語彙が貧弱だったこともあり、今の博覧強記でカオティックな「現代思想」ではなく、歴史的展開を踏まえて素朴な問題意識を深掘りしようという苦闘の中で「現代思想」を吟味しているように思える。当時の研究者のやり方は、現代とは違う。現代では、デリダドゥルーズが引用しているからと昔のあまり知られていない思想家について調べてみるとか、マルクスのようなよく知られた思想家の新しい資料を掘り起こして少々突飛と思われる解釈をしてみる、というアプローチが積極的に取られている。これらは「現代思想」研究の新規性と多少なりとも話題性を狙ったものだろう。

 しかし、大正の人々は、西洋の文献で参照されているより過去の文献はおろか、同時代の西洋思想の原典に触れることも簡単ではなかった。もちろん翻訳で触れるなど(誰かが原書を参照して翻訳しなければならないのだから)さらに難しいことだった*1。そこで大正の人たちは、昔からの思想史的文脈を自分なりに(多少は他人のトレースであれ)通史的に整理した上で、最近流行っている思想の意義を考え位置付ける、という基礎的なアプローチを重視している。

大正期もブームだったフランス思想

 戦前の日本というと、20世紀初頭の新カント派や、1920年代後半以降に非常に広がったマルクス主義など、ドイツ思想の影響をイメージする人が多いと思うが、明治期に日本へ影響を与えた文献はほとんどイギリス・アメリカから入ってきた啓蒙思想であり、日露戦争後から1920年代前半ぐらいまでは、フランスの思想がかなり参照されていた。ベルクソン(当時はベルグソン)なんかは1915年ごろにブームになっているし、社会学の祖オーギュスト・コントとか、クロマニョン人命名したカトルファージュとかに至っては、1880年代ごろからちょいちょい言及されている。

中沢臨川生田長江『近代思想十六講』(1915)

 1910年代の初めは、菅野スガとか幸徳秋水とかが虐殺された大逆事件の後で、新聞紙条例などで言論統制も厳しかったのだが、思想の概説書みたいなのが結構出ている。その手の概説書の代表格と僕が思っているのが、1915年に出版された中沢臨川・生田長江『近代思想十六講』である。この本は、評論家で『青鞜』の立ち上げをバックアップするなど若手を育てるのが上手かった生田長江と、東大工学部出身で電鉄会社で技師として働いていた電気工学者なのに、トルストイ論やベルクソン論などをバンバン書いていた中沢臨川、という面白い二人のタッグで近代西洋思想を概説しようというもの。十六講ってことは、いま大学の授業が一コマ十三回ぐらいだから、だいたい同じようなイメージと思ってもらえればよい。半期で一コマ勉強するのと同じぐらいの内容があるというわけだ。

 第一講は概説で、第二講以下で実際に紹介されているのが以下の15人。

 当時の知識人がどういう風に西洋思想史を理解していたのか垣間窺える、なかなか興味深いチョイスになっている。構成も面白い。中世の終わり、近代の始まりとしてダ・ヴィンチを置き、ルネッサンスを紹介。そこから一足飛びに近代の思想の代表者としてルソーが出てきて、そのあとは各論。

 重視されるのは「個人」の問題で、まずニーチェの「超人」の哲学からシュティルナーを中心に個人主義を説明し、これに対置されるものとしてトルストイ人道主義を紹介、その流れでドストエフスキーを論じる。イプセンは「第三帝国」の思想の紹介として出てきて、そのあとはダーウィン進化論、ゾラの自然主義という風に、それまでの人間を中心にした思想に対して、自然に傾倒した思想が現れるという論旨で講じていく。その行き着くところがフローベルのニヒリズムだとして、ここから先がいわば現代思想。ジェームズのプラグマティズム、オイケンの真理論、そしてベルクソンの生命主義へと展開していく。タゴールは東洋思想ということで入っていて、最後はロマン・ロランで読者自身に問題をひきつけさせて終わる。現象学の手前で終わっているとはいえ、19世紀の思想史としては、一つの解釈の仕方として現代でも通用する内容だ。

内容の偏倚が表す時代性

 逆に、19世紀を扱うのにカントやヘーゲルが出てこないというのも面白い。ドイツ観念論的な文脈が完全に捨象されている。生田とか、あるいは多分この本には大杉栄の影響があると思うが、在野の思想家だった彼らにとってはドイツの思想的文脈で注目すべきはニーチェシュティルナーのみで、その系譜についてはあまり意味がなかったのだろう。ダ・ヴィンチから始めながら、途中を全てすっ飛ばしてルソーまで来てしまい、近代社会、近代国家のあり方を論じたマキャベリホッブズ、ロック、モンテスキューなんかが取り上げられてないところから見ると、彼らにとって国家はもう出来上がっちゃったものなんだろうなとも感じる。これは当然、日露戦争後の帝国確立期という時代背景があり、加えて大逆事件幸徳秋水が刑死するという状況によって、市民社会論ないし社会契約論の方面、つまり現在の社会の枠組み自体に関する知の断絶、欠落が起こっているとも考えられる。

 その反動として、個人の自覚、個人の内面についての部分が強く問題化されていくことになる。「自我」の捉え方と、そのあるべき姿を考えるために、読むべき近代西洋の思想家のリスト、と考えれば自然だ。経済学なんて論外で、スミスとか、言及すらされない。経済がまだ思想の範疇外だったということもあるかもしれない。現実の生活とは離れたところで、思想をやっている。まぁこれは逆にいえば、啓蒙されているということでもある。現実の生活の中に止まっていると、「自我」がどうとか考えている暇はない。とにかくおまんまにありつきたい、誰かを犯したい、そういったことに意識が取られてしまう。農家から都会へ移住して賃労働する新中間層が出てきて、そういった人々が過去の習慣から逃れて新たなあり方を模索するときに手がかりになる本、という位置づけだったのかもしれない。

 「自我」の問題は、「人間」がいかにあるべきかということと、「人間」の外部であるものとしての「自然」の捉え方と、「人間」同士を結びつけるものとしての「愛」の様相ということを深掘りしていくことで突き詰めて考えることができる、だいたいそんな論点でこの本はまとめられていて、それ自体が「近代思想」と称した本を出す大正デモクラシー期の知識人たちの問題意識をよく表している。それが読者にウケたのかもしれない、あるいはこの本の読みやすさということもあるかもしれないが、この本は何度か再版されている。初出が1915年なんだけど、その後1930年代に至るまで数年おきに違う版が出てて、文庫にもなってる。今ではほとんど知られてない本だと思うけど、相当売れたんじゃないかな。

 当時の人って、外国の文献を引用するときに、翻訳もあんまり出てないし、こういう概説本で済ましていることが結構多い。いろんな思想家の名前知ってるんだけど、よく聞いてみたらその内容は『近代思想十六講』のパクリじゃん、みたいなことがある。でも後世の読み手はそれがよくわからないから、色々読んでてすごい、みたいな風に思ったりするわけだけど。

ドイツ思想を重視するアカデミックな思想史入門

桑木厳翼『現代思潮十講』(1913)

 中沢臨川生田長江も在野の研究者だが、それより2年前にでた『現代思潮十講』の著者桑木厳翼は、当時京都帝大教授、のち東京帝大教授となるオーソドックスな哲学研究者である。で、『近代思想十六講』ではカントもヘーゲルも出てこないという話を書いたが、次に取り上げる『現代思潮十講』は、きちんとその流れが踏まえられている。

 桑木は、近代の始まりをルネッサンスだけでなく宗教改革にも見て(これはヴィンデルバントに基づく歴史理解だと注釈がしてある)、啓蒙運動の高まりののちにルソーカントロマン主義があってヘーゲルの登場と相成る。そこから先が面白いのだが、ヘーゲルを乗り越えたのはヘルムホルツとみて、自然科学の台頭を哲学史上に置き、その流れにスペンサーヘッケルを置いていく。同時に、フランスにおけるコントの登場を実証主義の起源とし、サン=シモンの影響から三時期論に至るまでと、その思想の限界を多くのページを割いて論じている。その次に、コントに対置される不可知論の思想家としてスペンサーが改めて詳述され、それらとは対照的に客体として説明可能なシステムとしての自然を前提とする自然主義の思想としてヘッケル、オストワルドが紹介され、それを引き継ぐものとして歴史主義を批判するのだが、そこで扱われているのは「ヘーゲルの理想主義」を引き継ぐものとしてのマルクス、ランプレヒト、ヴィンデルバントだ。この批判がなかなかよく整理されて鋭いもので、僕などは人生を3回ぐらいやらないとこの知見を有するまでには至らないだろうと思う。さりげなくライプニッツを引き合いに出して、ショーペンハウアーのように歴史を反復として理解することの問題性を指摘する部分など、ドゥルーズの論点を先取りしているかのようだ。しかし、ドゥルーズのように永劫回帰しか反復しない、というような解釈に陥ることも批判している。

 自然科学の台頭以来の、事実のなかに原理や理論を求める思想に対置されるものとして次に登場するのが、印象主義である。ここではヒュームから始まってマッハの感覚論が詳述され、ウィリアム・ジェームズプラグマティズムへと至る系譜が描かれる。ジェームズのプラグマティズムについては、その背景となるベルクソンの思想にも触れるなど非常に丁寧に説明され、最後に新実在論としてラッセル、ムーア、ペリーの思想が説明される。そして、最後の最後に「現代思潮として要求する」ものとして新しい理想主義というのを打ち出して、オイケンとベルクソンを批判しつつ、フィヒテに基づくヴィンデルバント(今読めるのは『歴史と自然科学』ぐらいか)とリッカートの思想に方向性を見いだすことを指摘して、本の終わりとなる。

当時の最先端の知性の表現、現代の初学者には難解

 この最後の、新カント派の思想は確かに当時の大学の哲学研究者たちにかなり読まれ、関心を集めた思想だった。しかし、なぜいかなる文脈でそこに行き着いたかということは、この本を読んでだいぶよくイメージが湧いた。大正初期にもうここまで説明する本が、一般向けに出されていたことはちょっと驚きで、これまで知らなかった。というのもこの本は全然再刊とか復刊とかされてないんだよね。逆に難しすぎてあまり読まれなかったのかな。中沢・生田の『十六講』の方が、確かに簡単だし出てくる人物も世俗的な人だから読みやすい。単に要約が書いてあるだけだしね。

 でもこっちの本を読みこなせた人は、それだけで当時の知識人のトップラインを走れていたんだろうなという気がする。当時の状況がなんとなくわかってきたけど、大学では思想史的系譜の整理と理解が、それはそれはディープな哲学史理解に基づいてなされていて、他方で在野の、特に社会主義運動などに関心を持ちながらその思想的基盤を求めている知識人は、自我や自己をめぐる問いを引き出す形で思想史を整理している。どちらも結局は新カント派かベルクソンあたりに到達するんだけど、これが大正初期の日本の思想状況の底流にあるんだな。ここにアメリカの影響を掛け合わせれば(それは翻訳などの状況が中心となるが)、見取り図が描けるんだろう。まぁ、大変すぎて自分ではその整理をやる気にはならないが……。

 

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余談:ゾ、ゾー、ゾウ

 ゾという動物がいるのをご存知だろうか。「ゾ」という、一文字の名前の動物である。英語でDzo、チベット語でམཛོ་と表記する。ヤクと牛が交配した動物で、「牛よりも大きく、力強い」とWikipediaに書かれている(wikipedia:en:Dzo)。エベレストの麓の高山地帯が広がるチベットやネパールでは、農耕のために牧畜されているという。農作業ではパワーを発揮し、肉付きがよいので食肉としても重宝され、乳の出もよいという、牛の完全体のような——もちろん人間にとってということだが——動物だ。

 英語名はゾ(Dzo)のほかに、ヤク(Yak)とカウ(Cow)の合成語でヤカウ(Yacow)と呼ぶこともあるらしい。なんだか、『もののけ姫』に出てくるヤックルを連想させるような言葉だ。実際、ヤックルが宮崎駿の書いた物語で最初に出てくるのは『シュナの旅』というチベットを舞台にしたファンタジーで、イメージとしては類縁性があるだろう。

スタジオジブリ もののけ姫 ふんわり ぬいぐるみマスコット ヤックル 11cm

 造形としてはインパラっぽい。 

 話を「ゾ」に戻そう。僕自身、そんな動物がいるということはさっき初めて知った。なんで知ったかというと、ゾという動物を検索して見つけたからなのだが、それを検索した理由は、上で触れた『近代思想十六講』にある。

 この本の中でダーウィンが紹介されていることは説明したが、ちょうどいましがたこの本のダーウィンの『種の起源』が説明されている部分を読んでいたのだ。そこには色々な動植物の例が出てくるが、こんな記述が目についた。

ダアヰンはあらゆる動物中最も蕃殖の遅いのはゾーであるとしたが、若しゾーが平均百歳迄の壽命の中に六匹の子を生むとする時は、一匹のゾーが七百五十年後には一千九百萬匹になる勘定である。(294頁) 

 ゾー、という動物名に戸惑った。ゾウか?と思ったが、その前後には「黒牛」や「蝿」といった生物が漢字で書いてある。ゾウなら「象」と書けばいいはずであるし、せめて「ゾー」ではなくて「ゾウ」と書くだろう。ダーウィンがインドか西インド諸島の珍しい生き物の話を引用している可能性もある。

 そこで、「ゾー 動物」と検索した訳なのだ。そしたら、Wikipediaで「ゾ」という動物が紹介されていることを発見した。しかもオスのゾは不妊であって、繁殖はメスのゾとオスのヤクか牛と行う、と書いてある。確かに繁殖も遅そうだ。だが、あの時代にチベットのゾについてダーウィンが知っていただろうか。当時のヨーロッパ人が武器でもって制圧して人類学や博物学のネタにした地方に、チベットの高地は入っていなかったはずだ。

 疑問が解けないので、原文(On the Origin of Species)に当たってみると、次のように書いてある。

The elephant is reckoned the slowest breeder of all known animals, and I have taken some pains to estimate its probable minimum rate of natural increase; it will be safest to assume that it begins breeding when thirty years old, and goes on breeding till ninety years old, bringing forth six young in the interval, and surviving till one hundred years old; if this be so, after a period of from 740 to 750 years there would be nearly nineteen million elephants alive descended from the first pair. (Chap. 3. Struggle for existence, The Origin of Species, 6th ed., 1872)

 がっつり elephant 、つまり「象」と書いてあった。やはり「象」のことを「ゾー」と書いていたのである。よくみると、「ハヘ」という謎の生き物も出てくるが、これの読みは「はえ」、つまり「蝿」のことである。あるところには漢字で「蝿」と書いているのに、ダーウィンを参照している部分になると「ハヘ」と書いているのだ。なんとわかりにくい。

 おそらく現在でよく参照されるのは岩波の八杉訳だろうが、この訳も基本的には「ハト」や「ハエ」など生物名をカタカナで記載している。ただし、象は「ゾー」ではなくちゃんと「ゾウ」と書いてあった。(八杉の底本は初版なので、上で引いた第6版とはやや文面が異なる。)

 ゾウは既知の動物のなかで、もっとも繁殖がおそいものであると、考えられている。〔……〕ゾウは三〇歳になって子をうみ、九〇歳まで生殖し、この間に三対の子をつくる〔……〕もしこのとおりであるとすれば、五世紀たったのちには、一対のゾウの子孫として一五〇〇万頭のゾウが生じているであろう。(八杉龍三訳『種の起原 上』岩波書店、1990年、90頁)

 実際、象の繁殖は非常に難しいらしい。京都市動物園では象の繁殖のためのプロジェクトをラオスと協力してやっているそうだ(ゾウの繁殖プロジェクト | 京都市動物園)。上野動物園のコラムでも象を交尾させることの難しさが切々と語られている(8/12は「世界ゾウの日」! 動物園のゾウを守るために[その3] | 東京ズーネット)。ナショナルジオグラフィックの記事では、若い象より高齢の象の方が繁殖に積極的だという話もあり、これは「草食化」と揶揄される若者を尻目に、高齢化した日本の男性たちの盛んな様子を想起させられ、人間も象も変わらないのだと微笑ましい気持ちになる(高齢ゾウほど交尾に積極的、50代はフル回転、研究 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト)。

 誤解によって発見した「ゾ」だったが、こういうことで自分の知識が思わぬところで拡張されることは面白い。現代思想研究者なら喜んで、これは「誤配」だ、というところだろうか。いや、そういうことではない。

 まぁなんでもいいのだ。ジャパンにいる僕が、イギリスの著者がインドのゾウについて書いたものを読んで、チベットのヤクとウシに想いを馳せる。パソコンに向かっているだけでユーラシア大陸の端から端まで駆け巡る。まさにあれだ。「そうぞうは、自由だぁ〜!

 

(本記事は2021年2月に書いた複数の記事を編集しました。)

*1:岩波文庫ができたのは昭和に入った1927年だった、といえばこのことがよりイメージしやすいかもしれない。最初に出版されたのは夏目漱石の『こころ』など22点だった