読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

はてなブログ1000アクセス到達

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999アクセス

 今までもなんどもブログを書いては消してきた、というような話自体、何度も書いてきている(なぜnoteではなくはてななのか - 読んだ木)。ただ、あまりアクセス数というものには関心を払ってこなかった。gooブログをやっていた初期の頃は、ツイッターのような短文投稿を繰り返しているだけで、何もしなくても順位が上がって、知らない人からじゃんじゃんコメントがついた。およそ20年近く前のことである。livedoorブログの頃も、ランキングこそ上がらなかったが、何もしなくても毎月300アクセスぐらいあって、ちょっと書けばすぐに月1000アクセスとかに達した。しかし、近年はアクセスもなく、そもそもランキングという機能もなく、何かブログというものがもっと高度な世界に行ってしまったようだ。

 だからこそというのか、逆にアクセス数、この伸びないアクセス数というものに価値を感じるようになった。もちろんグーグルアナリティクスとか、アマゾンアソシエイトとか、色々厳密に計測するものもあるのだが、それよりむしろこの素朴な、どうやって計測しているのかよくわからないようなはてなのアクセス数に味わいがある。

 ブログを始めたのが2月中旬で、4月には全く投稿せず、最近またぽちぽち投稿するようになった。ここで経過をざっくり振り返っておこう。

 ブログ開設1ヶ月の3月中旬頃に、50記事で250アクセス、と書いている(本ブログ開設から1ヶ月 - 読んだ木)。3月末には80記事弱で700アクセスぐらいあったはずだから、50記事を超えたあたりからググッとアクセスが伸びている。これは主にツイッター連携のおかげである(ブログのTwitter連携 - 読んだ木)。ほぼフォロワーゼロのツイッターアカウントであったが、ハッシュタグ「#はてなブログ」をつけるだけで流入がある。これは驚きだった。ツイッターからの流入でPV数が上がり、その結果「にほんブログ村」でのPV順位が上がったことでほんの数アクセスだけれども、そこからの流入も生じた。あとは、存在を知らなかった「はてなブログ グループ」というもの(管理画面の左メニューの下の方にある)に入ったのもこの頃だ。そういうわけで、3月中旬から下旬にかけてアクセスが伸びた。

 4月は全く更新しなかったので、1日1件のアクセスがあるかないか、という状況まで落ち込んだ。月のアクセスは100に達していないと思う。更新しない時のアクセスのなさというのも大したものである。結局アクセスが生じるのは、記事を新たに書いてツイッターハッシュタグ付きで投稿した時だけ、と言ってよい。

 5月に入ってから少しずつ更新した。久々の更新で、前の記事から読み直してくれた人などもいたようだ。それで、6本しか記事を追加しなかったが、今月入って現時点(5/14)までの半月間に、147アクセスが発生している。月に直せば大体300アクセスということになる。

 そして今、1000アクセスに到達したというわけだ。

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1000アクセス

 昔と違って本当にアクセスを稼ぐのは難しい。インターネットを使う人口は増えたといえど、ウェブサイトの方がそれ以上の早さで増えているのだろう。1000アクセスでわざわざブログを書こうと思うほどである。まぁ、ブログの記事の質に問題があるといえばそうかもしれないが、そこは不問にしておこう。

 記事数にもよるが、100記事ぐらいまでの初速は、1記事更新あたり5アクセス、ツイッター連携でアクセス3倍という印象である。スパム流入を使わずに(昔はping送信でスパムアクセスをじゃかじゃか稼いであっという間にアクセス数を水増しするということもあった)オーガニックに1000アクセスまでたどり着こうと思えば、200記事書いて1000アクセスを得る、または70記事近く書いて全部ツイッター連携することで70×5×3≒1000アクセスを目指す、ということになるだろう。1日1記事書くとすれば、前者ならだいたい半年、後者ならだいたい2ヶ月で1000アクセスに行くというわけだ。もちろん、アクセスを増やしたければもっと色々な工夫が可能である。こう考えても、随分アクセスを稼ぐのは難しくなったなという印象がある。それだけたくさんの人が色々なことを書いているのだろう。ブログという媒体に書かれることの質も上がっており、人々がシェアする知識も指数関数的に増加していると思えば、素晴らしいことだ。僕もその一員として貢献できるように頑張ろう、などというつもりはない。僕はただ、ブログを書いていたら何か素晴らしい出会いがあるのではないか、という下心で、今後もブログを書き続ける所存である。

 

 

シンカリオン メディアミックスの超進化

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 JR東日本がライセンスして小学館集英社タカラトミーとともに原案を作ったTBS放映のちにAmazon Prime配信のアニメに登場したサンリオのキャラクターをデザインしたJR西日本の新幹線を変形可能なプラレールとして発売したもの(タカラトミーとサンリオ、ロボットに変形するプラレール「シンカリオン ハローキティ」を発売: 日本経済新聞)をYouTubeで宣伝する、という世界線があることを最近知り、メディアミックスの超進化や〜とひっくり返った。

 

新幹線変形ロボ シンカリオン DXS シンカリオン ハローキティ

新幹線変形ロボ シンカリオン DXS シンカリオン ハローキティ

  • 発売日: 2020/03/26
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

 最近安部公房読んでて、安部公房は一人で色々やっててすごいんだけど、こういう大企業が横並びで組んでやるほうがすごいものが出てくるよなぁ。もちろん、そこには世俗性しかなく、非前衛的で独自性も弱いという批判は可能なのだが、だからこそ、資本主義を突き詰めたところにあるある種の総合芸術だと言えるのではないだろうか。

 安部公房は小説家として有名だとは思うのだが、それは小説という媒体が優秀だということだ。彼は同時代には、雑誌や本に書くだけでなく、戯曲、映画、ラジオドラマ、テレビなど、いろいろなメディアを駆使して自らの作品を世に送り出していた。ただ、なかなかラジオドラマとかを後世に残すのは難しいのかもしれない。いま人々の話題に上るのは、小説の『壁』とか、『砂の女』とかだろう。文学研究者も、ラジオドラマの声の調子を文字で引用する、というわけにはいくまい。もちろんこれは、作家芸術家の側ではなく、それを受け取り継承する側の能力や技術がまだ発展していない、ということである。

 

 

 翻って、たとえばアニメや映画もどこまで今後継承されていくのかは、未知数である。たとえば手塚治虫の、『火の鳥』や『ジャングル大帝レオ』の漫画を読んだことがあるという若者はいるだろうが、「鉄腕アトム」のアニメを観たことがある、という人は、それに比べて少ないのではないか。知名度で言えば後者の方が知られているとも思うけれども。どうしても媒体の限定性というものがあって、軽くて小さくて持ち運びの便がよく、それでいて電気も通信環境もサブスクリプションの支払いもいらない、という本の持つ魅力はなかなか他の媒体に太刀打ちできるものではない。

 これほどまでに世界的に資本主義が浸透し、地球の裏側でもビッグマックが食べられる時代になっても、コンテンツの自由度はそれほど広がったわけではない。たとえば日本から北朝鮮や中国に、オーウェルの『1984』の文庫本を持っていって読むことはできるだろうが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見ることは難しいだろう。DVDは規格が違うから再生できないし、配信や上映は禁止されているからだ。『ボヘミアン・ラプソディ』の男色のシーンはイスラム圏では観られないし、ここ日本でも、他国では問題にならない性的シーンでも必ずボカシが入るなど、こと映像というのはそのまま持ち運ぶことが難しく、なにか受け手の側に再生機器が必要なので、常にそういった編集の問題に直面する。もちろん、技術的にそうしたハードルを乗り越えることは不可能ではないが、紙に書かれたものの方がすんなりと流通しやすい。

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 そう考えてくると、「超進化」している今日のメディアミックスのインパクトや波及効果は、後世にどれほど理解されることだろう、という疑問が生まれる。

 このようなコンテンツはまた、日本特有の現象でもある。ジェンダーバイアスや子供の権利問題にガンガン引っかかっていくようなロボット戦隊モノのアニメを子供向けに流し、それが批判なく好評をもって受け入れられ、一大産業を形作るのは、アメリカなど他の国では難しい。そもそも、個人の能力ではなくその力の大部分を機械に委ねて戦うあり方そのものが受け入れられ難い社会も多い。ジェンダーバイアスでいえば、少女を競馬の馬や艦船に置き換えて使役するゲームが爆発的にヒットするこの国ではもはや何も言うことはないが、乗組員と司令官が軒並み男性で、管制スタッフだけが女性という構図はよく問題にならないなと感心する。子供を戦わせるのは『ぼくらの』が一番壮絶だったのでそれに比べれば……という感じだが、それにしてもあんなに小さい子供がロボットに乗せられるのには抵抗を感じる。ポケモンデジモン遊戯王のように、より立場の弱い他の生物などに戦わせるのとはわけがちがう。せめて運転席を切り離して遠隔操作に……と思うが、まぁとにかくこれは日本では許されるが、他の文化圏ではなかなか渋いものがある。

 また、おもちゃ会社とゲーム会社とコンテンツ配信会社が連合を組むというのも日本特有ではないか。韓国や中国でもそのスタイルは出てきているかもしれないが、たとえばアメリカのディズニーがそういうことをやるとは考え難い。シンカリオンの場合、アニメ制作段階からおもちゃ適合を考えたデザインになっているのがすごい。

 いずれにせよ、こういう諸条件をクリアしたおかげで、シンカリオンというかなり特殊なコンテンツが出てきたんだな、という印象を受ける。現在の倫理的にどうとかよりも、これがこの総合性を保ったまま後世まで記憶され、その歴史的な価値を吟味されて欲しいと個人的には思ってしまう。

 

 

 

夜、跨線橋をわたる

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 緊急事態宣言の延長とその内容の決定が、それが始まる数日前の金曜の夜というタイミングで、仕事が大いに振り回されて参ってしまった。おかげで会見と内容発表のあと、夜中に再び職場に行く羽目になってうんざりしていると、同居人が「私ならそんな仕事、一行のメールで済ませる」と僕を嘲弄してくる。いつものことだ。仕事に時間を使うぐらいならもっと家事をしろというわけである。夜に職場で仕事して寝るのが0時をすぎると、翌朝起きるのが遅くなって同居人にどやされることになる。仕事をせずに早起きして飯を作れというわけだ。朝は一応、下の子に食べさせるのも、排水口を綺麗にしてゴミを捨てるのも、洗濯を干す間に上の子の面倒を見るのも僕がやっているのだが、同居人は洗濯以外の家事が嫌いなので仕方ない。それに、夜に職場に戻るのが遅くなるのは、子供達の寝かしつけをやって、二人が寝てから家を出ているからだ。しかも、子供が起きてしまったという連絡を受けたらすぐに帰っている。職場は徒歩圏なのでそのような対応が可能なのだが、そのような場所に僕がしめて7年近くも住んでいるのは、職住近接を旨とする僕の15年来の考えに基づいたものだ。

 まぁ、仕事の内容がわからないから想像が及ばないのは当然で、夜中まで仕事しなくてもいいのではないか、と思うのも人情かもしれない。だとしても、一言でいいから、お疲れとか、無理するなよとか労ってくれればいいのにと思う。たんに、無能だから仕事ができないのだ、さっさと仕事を片付けて家事をやれこのうすのろ、という趣旨で馬鹿にされるのではたまらない。そう思って反論すると、そんなに仕事が忙しいならもう家に帰ってこなくて大丈夫、と家を追い出されてしまった。とりつく島もない。僕はいいとしても、僕がいない時にいじめられるのは上の子だから可哀想だ。最近は理不尽に怒られるのが嫌で僕に懐くようになってしまった。僕も必要な時は怒るが、一瞬で終わるからまだいいのだろう。

 うんざりである。どうしてこうなったのか。なにを間違ったのか。悩みを相談すれば、それは僕の頭がおかしいせいということにされ、カウンセリング送りにされそうになる。すぐに帰って顔を合わせたくないので、宣言延長の対応を済ませたあとしばし散策する。

 跨線橋をわたる。立っている足元を列車が行き交う。僕は死ぬには希望がありすぎ、生きるには苦悩がありすぎる。緑、青、橙、水色……どうしてこうなったのか。どうしたら変わるのか。いや、変わらないのか。レールが照らされ、窓の明かりが隣のレールを照らし……常に相手が正しいのだろうか。全て僕が間違っているのだろうか。どうしたら妥協できるのか。風とともに走り抜ける音。ズザザー、ズザザー……ザン……どこにもいけない。どこにもいけないのだ。

 家に帰る。もう寝ていてほしい。なんで帰ってきたんだよ、あぁ? と詰られるかもしれないという恐怖を抱きつつ、玄関を開ける。いずれにしても、明日の朝には冷たい視線が待っているのだ。どこにもいけない僕はそれを一身に引き受け、皆からの嘲笑と罵倒の言葉と目線に、耐えなくてはならない。

 

* * *

 

 幸い、同居人は寝ていた。寝室まで行くと気付かれるので、そのまま玄関の床で寝る。深夜におそらく用足しに起きてきた同居人が、僕をなじったり足蹴にしたりする様子をまどろみの中で感じていたが、起こされはしなかったので寝ていた。皆が起き出す前、5時に起きて風呂に入って、6時に家を出た。一応、相手の意向には忠実に振舞っているはずである。このご時世、家の外には徹夜で仕事できる場所もないので、夜に帰宅して横になるぐらいは許されるべきだろう。

 考えてみれば、このような同居人からの冷遇は、ずっとあったとはいえ、とりわけ昨日は強くそれを感じるものだった。このブログで前にも書いた通り(4月の計画丸潰れ - 読んだ木)、これまで保育園の休園などがあって僕の仕事が立て込んでおり、休日にベビーシッターのサービスを使うことを打診したのも昨日のことだった。しかし、同居人の回答はいつも決まって金がない、お前がもっと稼がなければそれを使うことは許さない、というものだ。僕はそれもそうだと思いつつも、仕事と子守りで休む暇がないのは辛い、と愚痴をこぼしたのだった。それに対して同居人は間髪を入れず、休むなら平日にしてね、と言ったのである。休日は子守りがあるのだから……というわけである。しかし、平日だけでは仕事が片付かない、なぜなら先月は平日の半分は子守りをしていたのだから、という話をしていた矢先にそう言われると、こちらも返す言葉がない。

 僕は非正規雇用であるが、家事育児の半分程度しか担っていない。正規雇用の同居人にしてみれば、どうせ暇なのだからもっと家事をしろと思っているのだろう。しかし、非正規雇用だから暇だというわけではない。むしろこちらは、正規雇用を獲得するために色々な実績を積む必要があるのだ。その辺りが理解してもらえない。週の時間の分担、月の時間の分担を相談しようとしても、なぁなぁで流されてしまい、細かい時間設定まで話が進まない。何でもかんでも最後には僕が仕事ができないのが悪い、仕事をサボって家事をやれ、というのでは埒が明かない。それをいえば、じゃあ帰ってこなくていい、と言われる。なぜそこで、こちらがなんども相談したり提案したりしているように、今月の土休日の育児の分担を考えよう、外部サービスを使って楽できるところは楽しよう、といった話にならないのかが理解できない。あまつさえ、僕が車を出して僕の実家に連れて行けば、などと提案される。僕が親と調整して車を借りて運転して……で、もちろん祖父が一人で子供を見ていられるわけではないので、子守りもする、と。僕の負担ばかり増える提案だが、おそらく同居人にとって僕のリソースは天から降ってくるべき性質のものなのだろう。

 

* * *

 

 ただ、これらは僕の観点からみた一方的な解釈である。相手としては、僕を蔑むというばかりではなく、多少はなにか僕に資するような発言や、提案をしようとする気持ちもないではないのかもしれない。3年前に僕がダウンした時も、仕事を辞めて家事だけやれ、というアドバイスで、僕はそれに従って仕事を辞めて家事育児に相当のリソースを割いてきた。今回も、再び仕事を辞めて家事だけやれば、精神も安定するだろう、という趣旨からの助言なのかもしれない。確かにその方が、いま足元での問題は解消されるかもしれない。そのために、そんな仕事は真面目にやらずに適当に流してしまえ、と言っているのかもしれない。しかし、3年ごとに仕事を辞めていたのでは、僕はキャリアを積めないし、早晩家計も逼迫することになる。前回は緊急避難的にその方法をとったが、その結果借金も個人の債務で残ったし、ダメージは色々と大きかった。今回は新たな借金こそないものの、キャリアが断絶するような選択はしたくない。一方で、収入にブランクを作れないから、現職の雇用期間が終わった後にキャリアを十分に継承するような転職ができない可能性はもちろんある。ただ、相手の収入的に専業主婦になるという選択肢は残されていないのだから、ある程度の所得が見込める職に移れるよう準備しなければ、僕だけでなく子供達も苦しむことになる。

 休日に子守りをして、平日に休み、しかし仕事は平日の昼間だけでそれ以上のことはやるな、というアドバイスは、僕のように非正規雇用の無能な人間には苦しいものだが、あるいは同居人のように正規雇用についている優秀な人間にとってはこれ以上ない丁寧なアドバイスかもしれない。まさにこれが、働き方改革成果主義の組み合わせのような理想だからだ。休日は子供と遊び、平日は定時で上がり、しかも有給をたくさん取れる。でも仕事の成果さえ上がっていれば、十分な給料は保証されている、というわけだ。これに対して、僕の場合は、休日は子供と遊び、平日も定時で上がったり、休みを取ったりすれば、成果は全く出ない。給料は上がらない。仕事はなくなる。そうして弱者が淘汰されることが、資本主義の理想である。おそらくこの後に続くのは、深夜のコンビニバイトや休日の倉庫バイトの掛け持ちで子供の教育費を稼ぐとか、そういったことだ。優秀な人間はそういう心配はないのだろうが、僕が倉庫の日雇いで働いていた時は、そういう弱い立場に置かれた人がたくさん来ていた。僕は弱い側の人間なので、そのような丁寧なアドバイスは辛い。おそらく強い側にいる相手は、逆に、そういう丁寧なアドバイスが望ましい世界に生きているのだろう。おそらく、倉庫の現場にいる子持ちの父親とか、精神病を患って貧困に陥っている中年女性とか、そういう人には接したこともないのだろう。社会の分断というのはこうして進んでいくのだ。ただ、それが悪意ではなくむしろ善意のアドバイスによって進められるところに悲しいところがある。

 

* * *

 

 ここ数日、胃のあたりの調子の悪さに悩まされている。同居人は、僕がお腹が痛いというたびに五月病だといって笑う。ここまで整理した上で、なんとか相互理解に持っていくためのアプローチを考えようと思ったが、やはり胃がキリキリし始めた。いったん筆を置こう。時間が解決してくれることもあるだろう。それはあるいは、単なる問題の先送りかもしれないが、対応できない問題を先送りせざるを得ないのもまた、物質に条件づけられた人間の性質である。

 

 

 

100年の眠り

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 民事でもなんでもそうだけど、対人関係で基本的には「自分が望む/望まない」「相手が望む/望まない」で望む+望むの1/4だけがやっていいんだけど、それが難しい。
 大学の授業で「自分の望み」とは何かを知るための自分を対自的に観察する方法と、「相手の望み」を理解する共感の方法を教えるのだが、みな「あるべき」言葉に引っ張られて心中の「望み」に肉薄できない。自分はこのシチュエーションでこう望むべき、相手はこのシチュエーションなのだからこう望んでいるはずだ、という理念が、相互理解を邪魔するのだ。性暴力、人種差別、パワハラ、あらゆるシーンでこういう事象が見受けられるが、いかに日本の教育や文化が諸個人に「個」ではなく「型」を叩き込んでいるかを痛感させられる。技術は発展したが、社会は1910年代の理想にまだ達していないと言えるだろう。その理想は、スペイン風邪社会主義によって国家の機能が前面に出てくる1920年代以降、長い眠りについている。
 かくいう僕も、「型」に苦しめられ周りを傷つけ続けている。結局、助けてくれる人がいなければ自分は自分であり続けてしまい、その責任は自分が取るしかない。その無限の責任を、自分の身に引き受けず、自分に対するケアの少なさや社会のせいにする限り、いつまでもその罪からは逃れられない。いくらケアのプログラムに参加し、改善の「意向」を示しても無駄だ。そして、そのような人はいつまでも自立した個人としては認められ得ないだろう。「型」を脱却した自己を確立するには、むしろ自らをとりまく環境と対立しなければならない。環境の一部としてあるうちは、個人としては認められないということだ。

 しかし、そのようなあり方は、少なくとも日本の、特に男性には難しいようだ。自らを律することができずに加害あるいは差別を繰り返す。社会的に男性が優遇され加害しやすい立場にいることはその原因の一つだが、それを加害の理由にするのなら、永遠に加害はなくなるまい。戦地に赴いたからやむを得ず人を殺す、人を殺さないためには戦争をなくす、というのは論理が破綻している。人を殺すか殺さないかは個人の決断である。全員が人を殺さないと決めれば、戦争は起こらない。逆に、殺そうと思う人がいる限り、いつか戦争は起こるのだ。性犯罪を自制できない人間が社会に多くいる限り、性犯罪しやすい女性差別的な社会構造は続く。環境のせい、十分なプログラムを受けなかったせいで性犯罪を犯した、という人は、いくらプログラムを受けても同じことを言うだろう。

 これは厳しすぎる意見だ、犯罪者の更生を妨げる発想だと言われるかもしれないが、僕が言いたいのはそういうことではない。我々は皆、犯罪者となる素質を有している。死ぬまでの数十年間、なにも罪を犯さずに生きられる人などいない。つまり、現実は逆なのだ。我々は性犯罪を受け入れ、性犯罪者の再犯を受け入れることでしか、共に生きることはできないのだ。殺人ともなると行うまでの準備や実行に高いハードルがあるから滅多には起こらないが、性だけでなく、さまざまな軽犯罪などもそうだ。

 おそらく社会は、さらに多くの精神疾患を生み出し、多くの犯罪を規定して、その対象者を社会から疎外し、安寧な秩序を護ろうとするだろう。被害者を守るためにはそうするしかない。被害を減らせば、より多くの人が自由に生きられるようになる。そうして、良識を身につけた人々だけの安心平和な社会が到来する。大変結構な市民社会論だが、そのような「良識を身につけた人々」が多数派になるような文化と教育がなければ、そのような社会は良識のない人々によって転覆される運命にある。そして今のところ、社会はむしろ文化と教育を崩壊させる方向に向かってきており、すでに相当の時間が経っている。その一つの結果が、トランプ現象であろう。

 良識、あるいは有徳さは、自らの「個」の感性に従えば得られ、それに基づいて振る舞えば体現できるものだ、という考え方もあるが、実際はそれは絵空事だ。むしろ今求められているのは、自己の感性とその表出が無自覚に他者の自由と権利を侵害しているということを反省的に捉えることである。我々は拙速に精神病のリストを長くし、国家に個人の自由の侵害を認めさせるのではなく、まず我々自身が、共に良識を身につけ、有徳になるにはどうしたらいいか、ということを議論するべきだ。我々が生きている社会にあるのはハンムラビ法典ではない。被害があったからとて、すぐにそれ相応の報復を国家にさせるという態度は危険だ。まずは、「自分の望み」と「相手の望み」を理解し尊重する、つまり「個」に基づいて人間社会を捉える思想を形作り、それに基づいた良識でもって人々を裁くなり治療するなりすべきだ。つまり、我々が信じている「型」に無限のパッチを当てるのではなく、それ自体をかなぐり捨てるために、議論を1910年代のおわりからもう一度やり直すのだ。国家を自明万能のものとせず、「個」とは何かを日本語で問うていた時代から。

 

 

最近会った東急8000系ファミリー

今回は、何のネタもオチもない話。

田園都市線8500系

 緊急事態宣言の合間に、山手線の西側で仕事があり、数年ぶりに(とはいえコロナで一年以上余計な外出を控えていたので、どこへ行っても数年ぶりなのだが)東急田園都市線に乗った。田園都市線は、東横線と違って古い車輌がたくさん走っており、数十年タイムスリップしたような気分になれる。

 乗車したのは、東急8500系8628F、デハ8528。1978年に製造された車輌だ。

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東急8500系のデハは第30編成までローレル賞の受賞プレートを掲示している

 乗ったのが全て地下区間で、ホームドアも整備されているために前面写真は撮れなかった。

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8000系と同じく側面のいかついビードが特徴的。走ルンですのベコベコ外板とは違う

途中駅で東武30000系とすれ違った。前にこの形式への思い入れを書いたことがある(東武博物館への思い入れ - 読んだ木)。久々の再開で嬉しく慌ててカメラを向けたものの、これもうまく撮ることはできなかった。

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ブレブレ。スマホで地下の暗い空間で撮るのには限界がある。ISO感度を高く設定できるカメラで高速シャッターを切らなければいけない

側面の、「東武動物公園」を圧縮せずに表示できる長いLED行先表示器が愛おしい。しかし、急行表示のない単なる「押上」だけでは宝の持ち腐れもいいところである。

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東武30000系の長い行先表示器

伊豆急行線の8000系

別の仕事で、伊豆急行線を使うことがあったのだが、こちらにも8000系ファミリーが現役で走っている。写真はE257系の記録になっているが、今回の話のメインは左に停まっている8000系である。

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E257になった踊り子と並ぶクハ8006

この伊豆急クハ8006は、もと東急クハ8014。中間車改造車ではないが、なんとも無骨な前面である。2007年に、東急から転入してきた。

 

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E257になった踊り子と並ぶクハ8157

こちらの伊豆急クハ8157は、東急デハ8138を先頭車改造したものだとウィキに書いてあるが、元から先頭車だった上のクハ8006となんら変わらない面持ちである。東急からの転入はこの形式の伊豆急転用の最終の時期に当たる2008年。

 

 東急8000系というと、近年最も活躍しているのはインドネシアジャカルタだろう。国鉄(JR)205系営団(メトロ)6000系など、僕が昔お世話になった車両たちも大活躍しているらしい。一度は行って見てみたいものである。

 

 

 

嗚呼耐え難き大型連休

 平日には子守りしなくていい。昼間は保育園が見ててくれるから。平常時なら授業は特定の時間にしか行わない。子守りと授業がない時間は、思う存分研究に充てられる。

 

 この連休、保育園が休みであるから当然子守りをする。しかし、緊急事態宣言に伴うオンライン授業化で、飛び石の平日にある授業はその前の休日中に録画する必要があり、さらに学生に個別対応してるから、子守りの合間をみては資料を漁ってカメラの前で喋らなければならない。もっと早く宣言が出ていれば準備もできたものを、発令の週がゴールデンウィーク開始の週だったからなにも仕込めなかった。しかし、この連休には元から入っていた研究会や打ち合わせの予定がある。その結果、普段以上に余裕のないまま時間が過ぎていく。

 なにかアウトプットできることがあればいいのだが、ルーティンをこなすだけで精一杯だ。気持ちは常に急かされている。しかし子守りを頼れる人はおらず、授業は自分でやらなければだめだし、僕の研究は僕しかできない。こういうとき、チームプレイできる優良な企業がうらやましくなる。口を開けば愚痴を言い、口を閉じればイライラし、このブログも完全にその吐け口になってしまっている。吐き出したところで誰も助けてくれないからなおさら辛いのだが。

 

 根源的な理由はもっと他にある。それは閉塞感だ。誰もいない職場と家しか行かない日々。外の世界はパソコンの画面を覗き込むことでしか見ることができない。パソコンの向こうでは、人々は自由に楽しい生活を送っているように見える。この1年間、一度しか他人と対面で酒を飲む機会はなかった。その前の半年間も、家の事情でずっと家に居ざるをえなかった。色々な人と話し、学び、考えることを人生の糧にする僕にとって、この1年半は苦行そのものだ。その間に知り合いたちは引っ越していなくなったり、連絡がつかなくなったりした。

 昨年の大型連休が蒸発してしまったから、今年は色々と連絡をとってリユニオンを、という気持ちもあった。見通しが甘かったというわけだが、いつまで僕は家族以外の誰にも会えない生活を続けるのだろうか。その間に疎遠になる友達は増えれども、新しい友達は見つからない。寂しいことだ。

 

 歴史を振り返れば、災害や戦乱で長い間苦痛を味わうことになっても、死なずに正気を保ってその期間をやり過ごせば、いつかは生きて明るい時代を迎えられることは確かだ。それはそうなのだが、その間に失われる人生については、あまり顧慮することがなかった。その間に耐えられず死んでいった人々は、未来の希望より、現実の絶望の方が重かったのだろう。ここを乗り越えて自由になれば、本当に幸せなのか。それはなんとも言えない。なんとも言えないが、おそらく乗り越えて再び明るい時代を享受してから死にたいところである。

 あせって自由に振る舞おうとすればあっけなく死ぬ。それも、どの時代も同じだ。耐えねばならぬ、耐えねば……

 

 

 

今週のお題「おうち時間2021」

4月の計画丸潰れ

 4月から下の子が保育園に入るので、慣らし保育が終わったら仕事フル回転!と思っていた。保育が短時間となる慣らし保育の期間は1週間。残りの3週間はギチギチに予定を詰め込み、数日子供がダウンしても1〜3月の遅れを取り戻せる計画だ。

 4月1日から、慣らし保育の送り迎えを挟みながら仕事を進めていった。下の子が新しい環境によく順応してくれ、慣らし保育も予定通りにこなしていった。そして、1週間後、僕の仕事のメインの業務が始まるタイミングで、予期せぬ事態が起こった。

 保育園でコロナのクラスターが発生して、あえなく2週間休園となったのだ。下の子のみならず上の子も家で子守りとなる。1年前の再来である。とても仕事どころではない。その2週間というもの、平日は妻と交代で曜日ごとにワンオペで子守りして、最低限の業務だけ片付けて乗り越え、ようやく保育園が再開したのが4月第4週の後半。しかし慣らし保育が最初からとなり、再び1週間は短時間の保育。つまり4月末まではフルで保育園に行かせることはできないままであった。結局、4月中はまるまる毎日、家では子守りをしていたのである。

 そこに追い討ちをかけたのが緊急事態宣言で、仕事量が一気に2倍になった。しかし、慣らし保育期間中は仕事にフルコミットできず、慣らし保育が終わった4月末からはゴールデンウィークで保育園はやっていない。本来なら祖父母に応援を頼んで仕事をするつもりだったが、それが宣言のために不可能になった。

 1〜3月の遅れどころか、4月のタスクがほぼ積み残されたまま、それ以後の仕事が2倍となって襲いかかる中、夫婦だけで子供の世話をしなくてはならない。ゴールデンウィークが明けるのは5月10日、つまり5月最初の1/3はもう終わってしまうわけだ。5月末締切の仕事最優先で進めているが、全く先が見えない。

 

 子供を寝かしつけた後に家の中で仕事をできる場所は、洗面所しかない。前の家ではトイレでやっていたから、これでも多少マシになったのだが、洗面所で1時間以上作業していると腰が痛くてたまらなくなる。そこで、子供が寝たのを見届けてから、家を出て職場に戻り仕事を進めているが、行き帰りの時間のロスや、0時の閉門には出なくてはいけないなど制約があって、せいぜい2時間ぐらいしか作業できない。昔のように朝4時までどこかのカフェやバーで作業ということが、コロナ禍以降の時短要請や廃業閉店でできなくなった。もうお手上げである。

 そんなわけで、4月に入ってから全くブログを書けなくなった。そんな余裕などなかったのだ。余裕がないのは今もそうだが、この1ヶ月の疲弊で諦めの気分が強くなってきた。なんのために頑張っているのか。なぜここまで追い詰められなければならないのか。馬鹿馬鹿しくなってきて、ひと月ぶりにブログ記事を書いてみたというわけだ。ブログを書いても何も解決しないが、誰かが僕の辛さを理解し、同情してくれるかもしれないという可能性があるだけで、なんだか心が救われる部分もある。現実には、苦しいのは皆同じ、僕などマシな方で、努力不足と罵られるのだろうが。わずかな時間だけでもいいから、僕の存在が許され、認められる空間があればいいのに、といつも思う。しかし、わずかな時間だけ救われても、救われない時間の苦しみがいや増すだけだ。自分を認め、自分を信じることでしか、自分が救われることはできない。そしてそれをすることは、未熟な自らを甘やかすだけであって、してはならないことだ。