読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

苦しい、本当に辛いニュースを見てしまった

 まだ小学生の男の子が、親の都合で引越しさせられたのに耐えられず、その翌日に前の住居を訪ねようと貯金箱から出したわずかな現金を抱えて歩いていたところ、電車に轢かれて死んだという。逝かれた人にも遺された人にも、本当に本当にお悔やみ申し上げる。

 いくらなんでもやるせない。ほんとうにやるせない。こんなニュース見るんじゃなかったけど、見なきゃだめなんだ、これこそ僕が問題としていることなんだ、僕がこの社会に生きているということの、僕自身の加害性なんだ。これだけじゃなくて、毎日どころか毎時間のように辛いニュースが飛び込んできて気が狂いそうだ。何か書いて吐き出さないと辛すぎるので、この事件について思ったことを書く。

 この事件は、この社会でそれほど珍しいことではないかもしれない。東京では毎日誰かが電車に轢かれて死んでいる。しかし、そんなことってないよ。おかしいよ。なんでおかしいことが、誰が考えてもおかしいことが、こんなに普通に起こってしまうのか。

 もちろん、子供は何も悪くない。うちの子が通っている保育園でも、3月最終日の数日前になって親の仕事の都合で急に退園が決まった子がいて、子供たちの間に動揺がいまでも続いている。転園した当人の当惑やいかほどであるか。我が家も転勤族だったが、僕が幼稚園に入ってからは単身赴任になって、幸い僕は同じ場所に留まり続けることができた。母親がワンオペ育児で苦しめられ続けたことはあまりに大きい代償であったが。

 親も、仕事の命令を断ることはできない。仕事がなくなれば転校だけでおさまる話ではなくなってしまうだろう。子供が10歳を迎える頃の専業主婦家庭なら、収入が急減すれば離婚など一家離散にもつながりかねない。それにこの国では、子供の意向などだれも気にしてはいない。多くの子供たちが不本意に転校させられたりすることを、いい経験だと賛美する傾向すらある。

 しかし、人々の暮らしはその性質上、地域のコミュニティの中で形作られるもので、企業の勝手な都合でおいそれと根こそぎ奪ってよいものではないはずだ。3ヶ月なり半年なりの準備期間を持つとか、あるいは労働者本人とその家族との間に十分な合意が得られるときに、それが可能だというふうにするべきではないか。あるいは、高齢者だけでなく、現役世代に対する社会保障が整備されて雇用の流動性がもっと高まれば、理不尽な要求を労働者の側で断り、他のよりよい会社に移ることもできるだろう。しかし、いまの日本には全て欠けている。一度でも会社をやめれば、次の仕事が得られるまで家族が食いっぱぐれるような手薄な社会保障や文化、権利のない労働者、無視される労働者の家族。

 しかし、10歳の子供が家出をしたらすぐ死んでしまうこの都市というのもどうなのか。鉄道も含むさまざまな交通事故が未だに許容されていること自体おかしい。こんなに交通が発達していてまだ自家用車が欲しいのか。自家用車がない不便さと、自家用車があるせいで交通事故で死んでいく人々と、どちらが重要か。IoTだなんだといいながら、線路に歩く子供1人とて検知できない。なんなら踏切にトラックがいることがわかっていても突っ込み、あるいは人を轢いたのに気づかず死体がしばらくホームの下に横たわっていたというケースもあった。運転士が可哀想である。会社が安全に投資しようとせず、国がそれを黙認しているからそうなるのだ。

 また、1人で歩いている子供に声をかけないという世の中。周囲の大人の問題というよりも、声をかけることが犯罪であるという社会風潮が狂気じみている上、その社会風潮ゆえに人々が子供を声がけをしなくなったため、実際に声をかけるのが本当に変質者だけになっているという完全な皮肉。子供たちも、もし日々いろんな人に声がけされていれば、変質者を見抜けるかもしれないが、声がけされる経験がなければ声がけされた時の判断もできない。果たして人々が子供に声をかけられなくなったことで、本当に犯罪被害は減っているのか。

 かくいう僕も、小学4年生の時に家出をして、茨城県から千葉県まで20キロ以上の道のりを歩いたことがあるから、本当に気持ちがわかるのだ。僕の時は、小学校に行くふりをしてそのままいなくなったから、親に止められるわけもない。てっきり登校しているものと思ったら昼過ぎに学校から登校していない旨の連絡があって、慌てて失踪届けを出し探し回ったという。僕は夕方になってようやく、生きて祖父母の家にたどり着いた。その彼も祖父母の家に救いを求めたのだろう。そして、夜の線路が誘ったのだろう。僕だって中学生の頃、夜にこっそりと線路を歩いたことが何度かある。僕の地元の鉄道は非電化のノロマなディーゼルカーだったから轢かれなかっただけだ。ああなんということだろう。本当に、本当に。その年頃は、いろいろと辛いのだ。ああ不運。不運というものは、ああ。

 いろいろなことが頭をよぎる。実際に、それらの問題を解決するのは容易ではないということを知らないわけではない。しかし、容易ではないと言っている間にこんな理不尽な死に方をする人が次々出てくるのか。そんなこと認めていいのか。いくらなんでもむちゃくちゃだ。全部おかしい、なんでおかしいのに仕方ないのかわからない。本当にそういう犠牲なしでは僕らは生きていかれないのだろうか。僕が生きるために、日々の食糧を得て仕事をしていくために、それが必要な犠牲だというのか。か弱い子供たちを傷つけずに生きることすら僕らはできないのだろうか。なんのために長く生きて、なんのために大人になったんだ。こんなことってないよ。でもこういう辛さをただ書くことしか、今の僕には出来なくて、なにも世の中を良くすることなんてできなくて、一部の人たちだけがいい思いをしているのを見ているだけで、もしかしたら自分もその一員で、辛い思いを抱えているみんなに、謝ることしかできなくて……生きていてごめん、でも僕が死んでも解決しないから、なんとかして生きている間に少しでも変えてやる。そう思ってずっとやってきてるんだ、ずっと……。