読んだ木

研究の余録として、昔の本のこと、音楽のこと、3人の子育てのこと、鉄道のことなどについて書きます。

加湿機能付き空気清浄機を選ぶ

 

 春先に、空気清浄機を購入した。冬の頃から、慣れない鉄筋の建物に住んでいるために乾燥に悩まされていて、加湿器を探したが買わなかった。春になり、今度は猛烈な花粉に悩まされ、如何ともし難いので空気清浄機を探し始めたというわけである。その検討過程から決定までを、なんの参考になるかわからないが、メモ程度にここに記録しておく。

 単に機器の比較表を見たい人は、以下の目次から「機器の比較表・決定の理由、使用感」にアクセスするのがよい。

 

謎の言葉に惑わされてはいけない

 みなさんは、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスな状態がいかなるものか、ご存知であろう。

メリーポピンズ (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

スーパーカリフラジリスティックイクスピアリドーシャスは、有名なディズニー映画『メリー・ポピンズ』の歌のタイトルであり、老若男女に使われる英語の名詞あるいは形容詞では最も長い部類に入る英単語だ。原綴は Supercalifragilisticexpialidocious である。例えば、二郎で小ラーメンを普通コールで頼んだ時に、豚マシニンニクマシマシ野菜別皿で来たような場合の心境を、「こ、こ、これは!?!?!?スーパーカリフラジリスティックイクスピアリドーシャスなブツ。ズルっとやれば嗚呼……」というように使う(これは二郎等の愛好家として知られるキリヲ氏のネタのパクリである)。あるいは、横浜で慌てて乗り込んだ京急特快泉岳寺行きが発車した途端にエア急羽田空港行きになったと思ったら神奈川新町で打ち切り回送になった時に「スーパーカリフラジリスティックイクスピアリダァシェリエス」などと使う。

 

 正直なところ、僕自身、この、スーパーカリフラジリスティックイクスピアリドーシャスという単語の意味を正確に取れているわけではない。家電を探していると、この単語と同じくらい意味不明な言葉にしばしば行き当たる。特に、空気とか水とかを扱う製品では、目に見えないことをいいことに、摩訶不思議な名称がとみに出てくる。

 空気清浄機の界隈で意味不明な単語の筆頭が、プラズマクラスターである。僕が中学校の時に習った記憶では、プラズマとは原子・分子から電子が電離した状態で、電離した電子が陰イオン、電離された方が陽イオンとなる。電子はマイナスで陽子はプラスの電荷なので、一イオンの中でどちらが多いかによって、プラスマイナスが決まる。このサイト(プラズマクラスターの原理 | プラズマクラスター技術:シャープ)にあるシャープの説明からすると、水分子(H2O)を電離して水酸化イオンOH-(電子が一個多いのでプラス)と水素イオンH+(陽子だけなのでマイナス)を作り、また酸素分子(O2)から酸性化イオンO2-(酸素原子が二つではなく酸素原子一つに二つの電子が追加でくっついているという意味)を作るという。まずもって後者が僕には理解できないのだが、前者は中学校の理科室でやった実験だから、まぁ理解はできる。大気中なので再結合してすぐに水素にはならないというのも、そういうもんなのかと思うが、さらにそのイオンには水分子がくっついてきてクラスター状になり、そのまま風に乗って空気中に行き……というあたりで理解が追いつかなくなる。まぁ、湿気があればイオンの周りに水分子がつかないこともないだろう。また、空気清浄器がファンで風を吹かせているから、飛ぶのもわかる。だが、その間に全く状態変化しない確率はどのくらいのものなのか。また、それが空気中の大気イオンに占める割合も不明だ。そうすると、プラズマクラスターが正しいのは、機械の中で水を電離しているという点だけで、そんなことをして何の得があるのかはよくわからない。

ロウソクの科学 (岩波文庫)

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 同じサイトの下部の方で、メーカーとしては、「プラズマクラスター」によって何が得なのかを次のように説明している。第一に、イオンが空気中の菌などに付着して除菌、消臭する。第二に、イオンが電子とくっついて静電気を除去する。第三に、肌について保湿する。僕の感想としては、これをするためなら加湿で良い、というものだ。第一の点については、殺菌ではなく除菌という点がポイントである。要は空気中に菌より重いものを放出して菌とくっつけて下に落とす、という話だ。なら水分でいい。第二の点も、乾燥して金属表面から電子が電離しやすいから静電気が起こるのだから、加湿して表面に水分がついていればよい。第三の点は、加湿すれば肌に水分が付着するので、むしろイオンよりよい。ただ、加湿器をつけると大変だし高額になるから、とりあえず電離装置をつけてお茶を濁しつつ、新機能として打ち出したということだろう。

 まぁ、マイナスイオンとかプラズマクラスターは、完全に嘘とまでは言えないし(一応電離でイオンが発生しているというところまでは正しい)、それで健康被害が出るわけではないからいいのだが、基本的にこういう、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス並みに理解できない単語が出てきたら、十分に理解するまで手を出してはいけない。わざわざその仕組みを色々調べて理解しなければわからないような単語を前面に押し出すような商品は、少なくとも消費者にフレンドリーではない。クレベリンのように、消費者庁から効果なしのお墨付きをいただいているのにベネッセのサイト『たまひよ』で賞をもらうような製品もあり、特に子育て世代で若く十分な教育を受けてこなかった親などは本当に注意したほうがいい。基本的にメーカーは子供の健康より売り上げを重視している。ベネッセが求めているのは親の笑顔ではなく親の個人情報である。これに関連して害虫駆除と称して害虫のエサを置かせる方式の商品なども問題があると思っているが、それはまたあとで書く。

沈黙の春(新潮文庫)

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 しかし、猜疑心で全ての製品を見ようとする必要はない。このような新しい機能について色々と考えを巡らす前に、まず自分が必要とする機能、効果を明らかにした方がいい。自分がどうなりたいのか。どうすれば快適なのか。例えば花粉や微粒子が嫌なら、まずそれらをきちんと集めてくれる(濡らして落とすのではなく)フィルターと、吸引能力が大事だ。イオンとかプラズマはハナから関係ない。空気中の菌を吸い込まないようにしたいなら、空気清浄ではなく加湿して菌やウィルスが水分にぶつかって壊れたり床に落ちるようにすればよい。然るのちに、作動音と吸引能力の兼ね合いとか、水タンクの形状と水漏れのリスクとか、そういった実用面での課題を乗り越えていく。そうすれば、買うべき機器は一つ二つに絞られるはずだ。あとは値段で決めればよい。そういう自分のニーズをよく明らかにしないまま、なんとなく「空気清浄」されたいというイメージだけで買うから、高いものを買わされる羽目になるのだ。そもそも「空気清浄」とはなんなのか。『風の谷のナウシカ』ではないが、清浄な空気なんてものはどこにあるのか。上高地の森の中か、病院の無菌室か、それともアロマで満たされた部屋か。漠然とした言葉に踊らされずに、自分の知っている言葉で、自分の感覚で、自分の希望に即したものを購入するべきである。

 

レビューを読んでみる 

 さて、実際に選んでいく上で、レビューを参考にすることになる。レビューを読むときにも、そのレビュワーが自分の言葉で書いているのか、よく知らない言葉や周りの評判を書いているのか、よく見極める必要がある。

 例えば、この一番売れ筋のシャープの加湿空気清浄機について見てみよう。除加湿18畳、空気清浄32畳と、リビングともうひと部屋分ぐらいをカバーできる性能を持つ。

 

 悪いレビューを読む必要はない。わざわざ悪いレビューを描こうとする心理状態で書かれたものは、往々にして実際よりも欠点が誇張されていたり、滅多に発生しない事象を書いていたりするからだ。むしろ、良いレビューを吟味することで本当のところを見極めることができる。要は、良いレビューで書かれている欠点を見るのだ。

排熱は盛大です。運転音は大きい。

 〔……〕

部屋を閉め切って運転しているので、当然のことと言えば当然だが、
外気温の高い日は、排熱が加わって、人が居られる環境ではなくなる。
人が居なければならない時は、部屋のエアコンで室温を下げる事になる。

製品コンセプトの問題だろうから、仕方がないのだが、適湿に達してコンプレッサー運転が
停止し、送風モードに移行するとその、送風音が意外と気になる。
更なる静音運転を期待したい。又は送風停止しないものだろうか。
タイマー機能も、機能はするが中途半端だ。希望の時間に立ち上げて、希望の時間に停止
出来るタイマーが欲しかった。(手動で擬き運転は出来るが)

ただ、他の方のレビューにもあるように、除加湿ともに駆動音が凄いので
音に敏感な方にはあまりオススメできません。

 排熱や作動音の問題は、機能とのトレードオフで検討すべき重要な点である。ただ、機器の性能としては申し分ないことがわかる。また、肯定的なレビューでも「プラズマクラスター」なるものに言及しているものはなく、むしろ取扱説明書には、動作音が気になる場合にはその機能をオフにしろとまで書いてあるらしい。

 同じ価格帯で、日立の加湿空気清浄機はどうか。こちらは1万円ほど安いが、除湿機能はついていない代わりに、空気清浄42畳、加湿30畳というパワフルさがある。

加湿のお水のタンクが小さいので給水がやや面倒ですが、デザイン的にも気に入っていますし、購入して良かったです。

水のタンクが小さいことと、足元のコマにストッパーがついていないことと左右にしか転がらないことが少し残念です。

一点だけ、気になるのは給水の頻度。普段仕事のため、昼間は使用してないのですが、朝と夜の使用でも一日一回は給水しないといけません。別の部屋で使っているシャープの空気清浄機の給水は1週間に一回あるかないかなのを考えると、給水の頻度がありすぎのような。。。

 給水が面倒、というのが目に付く。この給水タンクの大きさ以外には、文句ない製品だということだろう。

  ダイキンも、シャープと同じ価格帯の加湿機能付き空気清浄機を出している。加湿機能はついておらず、空気清浄できる広さも25畳程度までとある。

たまに音が気になる時がある(異常音では無い)ので、あえて星4つにしました。 

ストリームモードではそれなりに音が出るので、そこがマイナスポイントですが、総じて満足しています。 

小さい部屋で使っているのが原因かと思いますが、寝る際に加湿をオンにすると若干うるさく、たまにスーというストリーマーの音が気になることがあります。

 こちらも作動音についてのコメントだが、前出のシャープの徐加湿機ほどではない。静かなぶん、パワーも小さいということだろう。

 空気清浄23畳でよければ、シャープから半額程度のモデルも出ている。 

  ただ、こちらは流石にレビューが厳しい。

加湿も普通の加湿専用機と遜色ない性能ですが、
さすがに乾燥が激しい日はパワー不足を感じます。

 他の加湿空気清浄機ではなかった、加湿のパワー不足の指摘が出てくる。

犬を飼ってるので消臭に期待し購入しましたが、効果はハッキリとはわかりませんが、気持ち的にスッキリした感はあります。

 消臭も、「効果ははっきりとはわかりません」というような曖昧な表現。

 きわめつけは、

この手の物の導入を考えておられる方は、どれくらいの性能があるのか?対費用効果は?などを検討してみえるかと思いますが、シャープのプラズマクラスター製品は、実際に病院や飲食店などでもよく見かける定番の商品となっています。
意味のない物を買って置いているとは思えないので、それなりに評価を得ていると思ってください。
特に病院などでも設置率が高いので、効果が期待できる実例という事になります。

という、もはや自分のレビューではなく、「よく見かける」ことを理由に購入を勧めている。こういうレビューを参考にしてはいけない。

 とはいえ、リーズナブルな価格帯ゆえにレビューもここに挙げた他のモデルよりも格段に多く、ニーズがマッチする人には良い。要は、広告されている内容に飛びついたり、他人の言葉を信じたりするのではなく、自分で感じたこと、自分で考えたことをもとにすること、そういう言葉で書かれたものを信じることがもっとも大切なのだ。暖かい気がした、ではなく、暖かかった、匂いがなくなったと言われた、ではなく、匂いがしなくなった、そういう表現の違いによく注意するとよいだろう。

 

機器の比較表・決定の理由、使用感

 で、諸般検討の結果、amazonでポチったのがこれ。

  

 これを選んだ理由を比較表にすると、だいたい以下のような形になる。

シャープ 加湿 空気清浄機 プラズマクラスター 7000 スタンダード 13畳 / 空気清浄 23畳 2019年モデル ホワイト KC-L50-W

シャープ 加湿 空気清浄機 プラズマクラスター 7000 スタンダード 13畳 / 空気清浄 23畳 2019年モデル ホワイト KC-L50-W

2万円台と、比較した中ではもっとも値段が安い。10畳程度で空気清浄と加湿なら、これ一択だった。しかし今回対象とする、リビングと寝室両方(20畳弱)を換気するにはパワー不足。目的を達しない能力のものはないのと同じなので、これはやめた。

シャープ 空気清浄機【加湿機能付】(空清23畳まで/加湿:木造10畳、プレハブ17畳まで ホワイト系)SHARP 「プラズマクラスター25000」搭載 KI-NS50-W

シャープ 空気清浄機【加湿機能付】(空清23畳まで/加湿:木造10畳、プレハブ17畳まで ホワイト系)SHARP 「プラズマクラスター25000」搭載 KI-NS50-W

シャープで15畳以上加湿できる空気清浄機だとこれだが、値段が5万円を超えるので高い。レビューも少なく購入を見送った。

シャープ 除湿機 兼 加湿 空気清浄機 プラズマクラスター 7000 スタンダード 18畳 / 空気清浄 32畳 ウイルス 花粉 消臭 ホワイト KC-HD70-W

シャープ 除湿機 兼 加湿 空気清浄機 プラズマクラスター 7000 スタンダード 18畳 / 空気清浄 32畳 ウイルス 花粉 消臭 ホワイト KC-HD70-W

空気清浄機ではないが、上のよりも安い4万円台の値段で、空気清浄と加湿ができるパワフルな除湿機がこれ。除湿ができるのでより高機能で、木造の一軒家の一室とかで使うならこれでもよかった。しかし我が家は狭いアパート、躯体が大きく、音もうるさいということで、子供が音に敏感な小さいうちは使えないということで見送り。

ダイキン DAIKIN 加湿ストリーマ空気清浄機 ビターブラウン MCK70X(T)

ダイキン DAIKIN 加湿ストリーマ空気清浄機 ビターブラウン MCK70X(T)

こちらも二つ上のモデルと同じ5万円台のモデルで、評価がすこぶる高い。空気清浄31畳、加湿18畳と数値的にはシャープの上位モデルとあまり変わらないが、性能が群を抜いて良いという印象を受ける。wifi接続ができ、ファームウェアがアップデートされる点も、今後の拡張性を織り込むことができて良いポイントだ。ただ、如何せん値段が高すぎる。

日立 加湿空気清浄機 クリエア ~42畳 自動おそうじ機能付き スピード集塵 PM2.5対応 EP-MVG90 N シャンパン

日立 加湿空気清浄機 クリエア ~42畳 自動おそうじ機能付き スピード集塵 PM2.5対応 EP-MVG90 N シャンパン

これは3万円台のモデルで、この安さでありながら空気清浄42畳、加湿22畳と、スコア的にはダイキンの5万円のモデルを超える。なんといってもこのスマートな前面デザインがよい。また、空気が通る上でもっとも障害となるフィルターの目詰まりを自動で掃除してくれる。レビューの評価も高い。そこで、今回はこれを買うことにした。

 

 パナソニックのものは5万円以下の価格帯のものが見当たらず、逆にアイリスオーヤマのものは広い部屋に適したものがなかったので、いずれも今回の検討に加えていない。

 

 で、amazonって本当にそこで働いている人に申し訳ないのだが、ポチった翌日には届いてしまう。3日後ぐらいでも全然いいのだが。早速使い始めて、加湿機能付き空気清浄機なるもののもたらす快適さに非常に驚いた。

 まず、当然のことながら、部屋の空気がホコリとともに吸われ、ホコリがフィルターによって回収され、綺麗な空気が排気される。すると、家に帰るたびに悩まされていた鼻づまりが治り、目のかゆみが取れた。家の中でも自由に呼吸ができることのありがたさは、花粉症患者としては本当に喜びを噛みしめるところである。子供がずっと目をかいていたのも止まり、これはありがたかった。子供は湿度が下がるに応じてはっきりと肌荒れの程度が悪化するので、湿度をキープできることでそれが軽減された。軽減されるとどうなるかというと、それまで乾燥して肌があれ、そこが痒くなって掻いてしまって傷になっていたのが、痒くなくなり掻かなくなるので、傷がなくなるのである。顧みてむしろ、今までの我が家の環境の悪さたるやを痛感する。

 この日立の機器に限ってみれば、レビューで予期していたことだが、タンクはすぐからになるので継続した加湿のために毎日水洗いしてセットしなければならないのが面倒である。また、キャスターにストッパーがなく、吸気が背面と左右から行われるので、置く場所をかなり選ぶ。左右を空けなくてはいけないから、部屋の角ではなく、壁の真ん中あたりに置く必要があり、かつ子供やペットなどが触ったりぶつかったりしない場所を選ばなくてはならない。我が家の予定していた置き場の条件にはマッチしていたのでよかったが、悩む人は多いだろうと思う。

 よい点として、やはり静音性と吸排気性能の高さはまず挙げたい。ふた部屋丸ごと空気清浄と加湿がされ、まったく不足を感じない。それを使わない時と比べて、はっきりと違いが感じられる。加湿機能は空気清浄機のおまけでついている程度かと思っていたが、そうではないということがわかった。また、前面のデザインは好みだったが、それだけでなく、前面パネルがタッチパネルなのが非常に助かる。何か目に見える形でボタンがあると、子供はすぐ押したり叩いたりしがちなので、操作時以外はライトが消えて何もなくなるタッチパネルはよい。

 うちで日立製のものといえば、あとは掃除機くらいのものだが、日立は化学的なものや電子工学的なものより、電気工学的な部分に強みがある印象だ。eco運転や様々な自動運転の機能があるが、それほどインテリジェントな動きはしないし、プラズマクラスターとか、ダブルストリーマーといった、高度なパーツはついていない。しかし、基本的な部分でしっかりと作り込まれていて、こちらが求める機能を過不足なく発揮してくれる、という印象だ。

 

 そもそも昔のような風通しのいい日本家屋で、囲炉裏や水場のある生活であれば、こんな空気清浄機やらヒーターやらエアコンやらを導入しなくても快適に過ごせるんだが、と思わないでもない。だが、今の社会がこの都市の密集した生活に支えられているものである以上は、それに即した生活をしなければなるまい。それを変えようと思うと、これは大変な、政治上、経済上の革命が必要となることを覚悟しなければならない。とはいえ、僕も家族がいなければ、もっとシンプルな暮らしをしていたかもしれないが。ただ、常に、それらのない生活という選択肢も念頭に置きながら選ぶ、というようにしておきたいものだ。

寂しい生活

寂しい生活

 

 

 

リーズナブルで高機能な体重計(体組成計)

 

体重計(体組成計)の比較

 去年の末だったか、1000ポイントほど貯まっていたヨドバシカメラのポイントが期限を迎えるというので、秋葉原ヨドバシカメラに行った。もともとはサンタクロースからの受託事業をポイントで済まそうかと思っていたのだが、さすがはアキバのヨドバシ、天文学的な種類数のおもちゃが並んでいて、到底決めきれないのでそうそうに諦めた。そこで、何かいま必要なもので数千円で買えるものあるかな……と探していたところ、見つけたのが体重計である。ちょうど夏頃から身体のコントロールに関心を持っていて、軽いトレーニングを続けていた。その経過測定に体重計が欲しいと思ったのだ。

 体重計にも色々あるが、僕はダイエットがしたいわけでもなく、筋トレがしたいわけでもない。むしろ、継続的にデータを取得して自分の状態の変化を客観的に知りたい、というのが僕の目的だった。だから、いちいちデータをメモらなくてはいけなかったり、グラフを手書きしたりしなければならないのは勘弁である。必然的に、スマートフォンなどに接続し、自動で計測データを蓄積、グラフ表示などができるタイプのものを買うことになる。

 そこで、店頭でざっと見たかんじだと、オムロンタニタエレコムの三択になるのだが、どれも高い。

 

  店の人にも聞いたのだが、それぞれ機能はあるもののそれほど違いはないということで、決め手に欠いた。だいたい、計測できるのなんて体重と水分の割合だけで、あとはユーザーに手入力させた性別、身長、体重、年齢をもとにシミュレーションの計算式に入れていろんな項目の数字を出すだけなのだから、違いが出るわけがないのだ。

 1,000ポイントしかないのに、5,000円以上のものを買うというのも、なんだか気が引ける。もう体重計なぞ買うのはやめて、乾電池でもたくさん買おうか、などと思っていたところ、下の棚にもなんかスマホに繋がりそうな体重計があるのを見つけた。

 

  Multifun(マルティファン)の体重計である。値段が日本メーカーとは数千円違い、こちらは5,000円を余裕で割る価格帯だ。それに、説明書を読むと、明らかにこちらの方がアプリの使い勝手などが良さそう。レビューなどを見ると、Apple ヘルスケアアプリとの連携もあって評価が高い。しかも、Bluetooth接続だからWi-Fi接続のものより電池はもつはずだし、海外ではアプリの評判もよいから、日本で知られていないだけだろう。店員さんはよくわからないらしく、特にお勧めなどはされなかった。美容・ヘルスケアコーナーにいる店員さんだからか、非常に健康的で綺麗な感じのする人だった。

Multifun(マルティファン)の体重計の使い心地

 これを買ったのが11月末。それから今日に至るまでほぼ毎日利用しているが、とにかく便利だ。値段は日本メーカーの製品の3分の1、使いやすさは2倍、という印象。何もしなくてもすぐにBluetoothに接続し、接続に困難なことは何もない。アプリには余計な機能はついておらず、データとグラフが一目瞭然。

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Appleヘルスケアアプリとの連動でヘルスケアの中でも時系列データを見ることができる。

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そもそも、データ連動さえできれば体重計のアプリに色々機能をつける必要はないのだ。軽くて薄くて置く場所に困らず、ダサい液晶画面がなく清潔感のあるデザインもよい。おかげでトレーニングも捗るようになった。こういったものを日本のメーカーが作らないのは、何か理由があるのだろうか。

筋トレのために参照している文献

 ちなみに、筋トレをするにあたって、フレデリック・ドラヴィエの『目でみる筋力トレーニングの解剖学』を参照している。

 

  この本はオススメ。トレーニングは闇雲にやってもうまくいかない。youtubeでそれらしいトレーニングを見よう見まねでやっても、力の入れる場所がちょっと違うだけでトレーニングの効果は出ない。まず、自分の筋肉がどこにあって、どこに力を入れるとどこが緊張し、どこが弛緩するのか、といったことを頭で理解した方が、筋トレの効果は抜群に高まる。この本があれば、筋トレの意義と効果の基礎が理解できる。その上で、youtubeやブログを見たりして色々なトレーニングを工夫して自らに課すのがよいだろう。また、最近翻訳の出た『パワーズ運動生理学』は、より専門的な知識を得たい人にオススメだ。

  高校で勉強したぐらいの知識があれば、難なく読める。筋トレに限らない、リハビリからアスリートまで様々なトレーニングについて学ぶことができ、また栄養の取り方や日々の生活スタイルに対する考え方も吸収できる。どうも自分で納得できる栄養学関連の本がなかったので探していたところ、むしろ栄養学ではないこの本の方が、栄養に関する記述がよかったので購入した次第だ。

 だんだん、自分の身体や心理を客観的な数値で計測して、それに応じて行動を決定する方が楽なのではないかという気がしている。最近では、血糖値などを常時計測できるモジュールなども販売されているらしい。さしあたり、次はフィットビットのような計測機器を手に入れたいものだが、腕時計すらろくにしない自分にマッチするかどうか。メンタルヘルスもアプリを入れてみたが、こっちがイライラするような通知を次々に送りつけてきて精神衛生に良くないので、三日で削除した。自分を物理的、客観的に捉えられるような技術は色々出てきているものの、その実際の適用は、まだまだ難しい。

きいろいみかんがなっている

 鉄道とみかんと、あと絵本の話を少し。

 

みかんと185系踊り子号

 僕が普段使っているカレンダーは、雑誌『鉄道ファン』の付録のものである。それを手に入れるために、毎年1月号が出ると買っていることを、前に書いた(高千穂鉄道と推理小説 - 読んだ木)。*1

 もう少しいうと、僕はカレンダーを二つ使っていて、現在の月を表示するカレンダーは別にあり、『鉄道ファン』付録カレンダーは翌月を表示している。さらにそのカレンダーの右上には次の月まで書いてあるので、翌々月まで、つまり3ヶ月分を一覧できて、大変便利である。

 今使っているのは、これの付録のカレンダーだ。

鉄道ファン 2021年 01 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/11/20
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 で、1ヶ月先を表示しているので、現在は3月のカレンダーである。

 その写真がたまらない。この3月で定期運用からは離脱し、まもなく見ることができなくなる185系の特急踊り子号が、東海道線の早川−根府川間にある玉川橋梁を渡るシーンを捉えた一枚である。橋梁の奥にはちらりと、鈴廣かまぼこ石橋店の瓦屋根も見えるが、橋梁と列車は右下に小さく配されており、画面の3分の2を占めるのは紺碧の海と春霞を思わせる空だ。しかし、よく絞ることでそれらの明るさを抑えて、右下に小さく写っているだけの185系にピントを合わせ、春の明るい日差しを生かした速いシャッタースピードでかっちりと止めつつ、車体のクリーム色をぼかすこともくすませることもなく印象的に浮かび上がらせている。しかし、何よりこの写真でインパクトがあるのは、画面の残りの3分の1が、実のたわわになったみかんの木で占められていることだ。宝寿寺の裏手のみかん畑から撮影したのだろう。3月だから、品種は湘南ゴールドだろうか。みかんの実のだいだい色と、その葉っぱの緑濃色が、まさに湘南色を象徴している。

 

みかん、あるいは湘南色と絵本の思い出

 

 湘南色がみかん色と緑濃色の組み合わせになったのは、元から計画されていたものではなく、偶然の産物だそうだ。その経緯はともかくとしても、最初に80系が湘南色をまとって登場した時から、湘南色といえば沿線のみかんの葉と実の色だということになっている。ただ、この写真の、青い海、黄色いみかん、緑の帯の踊り子号を見たら、思い出さずにはいられない絵本がある。それは、1984年版の小学館の保育絵本『とっきゅうでんしゃ』だ。

 古くて画像も出ないのが残念だが、表紙が100系新幹線で裏表紙が名鉄パノラマカーである。

 その最後のページは、次のようになっている。

 

あおいうみが みえてきた

きいろいみかんも なっている

みどりのおびの おどりこごう

はしれ はしれ

 

 まさにこの写真そのものの情景ではないか。挿絵もみかん畑をバックに波打ち際を走るクラシックなストライプ帯の185系踊り子号である。ひょっとしたら、この写真を撮ったカメラマンが僕と同世代で同じ絵本を読んだか、僕の親の世代で子供に読み聞かせていたのではないかと邪推したくなるほどだ。そう思って検索したら、カメラマンの藪下茂樹氏が『鉄道ピクトリアル』2020年10月号に185系踊り子号について何か書いているらしいので、後で図書館にでも行って確認しよう。

 この『とっきゅうでんしゃ』は子どもの頃のバイブルのような絵本だった。最初が651系スーパーひたちで、そのフォルムに魅了されたものだ。写真ではなく絵本なのが良いところで、写真だとありえない構図で、特急列車そのものと、それが走っている地域の風景の特色やアイコン、交差する鉄道路線などを上手くデフォルメしてある。

 自分の子供向けにもそういう絵本がないかなと思ってたところ、見つけたのがこれ。 

 

 『まどあけずかん のりもの』(小学館の図鑑NEO)である。この本は、『とっきゅうでんしゃ』のように電車の走行シーンをクローズアップするものではなく、空港や駅、港湾や都市など、乗り物の登場する環境をアイソメトリックにイラスト化して解説するものだ。幼児向けのため紙が厚紙で、いくら読んでも破れない。窓あけ図鑑になっているので、エンターテイメント性がある。また、情報量も多い。そういうわけで、我が家では結構子供に評判がよく、『のりもの』のほかに『いきもの』『きょうりゅう』『こんちゅう』が揃うことになった。乗り物については見ないでもわかるとたかを括っていたが案外知らない乗り物などもあり、生き物(動物だけでなく魚や虫なども出てくる)や恐竜などは、親の自分が初めて知ることも多くて勉強になる。

 ただ、やっぱり『とっきゅうでんしゃ』のように見開き全面で特急が走り込んでくるような絵のほうが僕は好きだ。実は、『とっきゅうでんしゃ』はここで触れた1984年版の以前にも以後にもいくつもの版があり、最新の2010年版では現役の特急電車の写真が散りばめられている。

21世紀幼稚園百科[新版] とっきゅうでんしゃ

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 しかし、写真では物足りない。絵本のよさは、現実と非現実のはざまで、描く対象の魅力を存分に表現できて、それが目に一丁字ない子供をも楽しませるという点にある。もう一度、絵画版『とっきゅうでんしゃ』が出ないものだろうか。コラムなどもいらない、絵だけで勝負して欲しい。最初がE657系ひたちで始まって、サンダーバードの683系、キハ261系北斗、885系ソニック、8000系しおかぜなど、最新のというより各地域で主力の特急電車を取り上げるのがよい。まぁ、読むだけの人間なので好き勝手言えるが、ああいったクオリティの高い絵で全ページを埋めるというのはなかなか難しいところもあるのだろう。いまの加工写真で埋めるだけの絵本なら、Adobeのソフトが使えればある程度技術のある人にはそれほど難しくないだろう。いずれにしても、絵本も時代の制約から自由ではないということだ。

 

みかんと185系を撮ったカメラマン

 後日、先に紹介した鉄道ファンのカレンダーに使われていた踊り子号とみかんのたわわに実った木を写した写真を撮影したカメラマン、藪下茂樹氏が書いた「緑と白とストライプと」が収録された『鉄道ピクトリアル』2020年10月号を読んだ。

鉄道ピクトリアル 2020年 10 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2020/08/21
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 3ページにわたって185系踊り子号の写真が並べられ、その隙間に少しの文章がある。そこに、みかんの話も出てくる。

「良かったら持っていきなさい」

柔和な笑顔の女性が深緑の木にたわわに実った蜜柑を一つもぎ取り手渡してくれた。丁重にお礼を言いカメラザックにしまう。山の斜面に作られた、東海道本線を見下ろす段々畑でのひとこま。

  僕が前の記事で言及した、みかんの実のだいだいと葉の緑を185系に合わせた写真は、特別にその構図を狙って撮ったものではなかったことが、ここから読み取れる。早川から根府川、真鶴にかけては、東海道線のよく知られた名撮影地があちこちにある。そこで撮影する日々のなかでむしろオーソドックスにあの構図は出てくる。そして、その中でも象徴的なひとこまがあの写真だったのだ。

 そういえば同じようなことがあった。僕がなんでだったか、根府川の駅のあたりを散策して帰ってきたとき、駅に続く道沿いのガレージで野菜を売っているところがあって、野菜を買ったらみかんをくれたのだ。それも僕は小さなリュックしか持っていなかったから、ビニール袋いっぱいにして渡してくれた。そのみかんの美味しかったこと。歩き疲れた身体を生き返らせてくれるような味だった。

 昔は鈍行列車で旅行するときに、冷凍みかんを売っていたような気がする。それが程よく解凍した頃合いで、おやつとして食べるのだった。今はどこでもキオスクがあるし、冷凍みかんが解凍する前に目的地についてしまいそうだ。列車の中で食べるみかんというのは、旅情があった。

帰路の車内

頂いた蜜柑をひとつ咀嚼すると、口いっぱいに広がるあっさりと甘酸っぱい味。

と、藪下氏もその愉しみを書いている。

 東海道線と蜜柑の甘酸っぱい関係。これは鉄道で旅する人のみが知る愉悦だ。とはいえ、もはや皆、高速バスや新幹線、格安航空で移動する時代、在来線でゆっくり移動するほどの時間と金があるような人も少なくなっている。ムーンライト系の夜行快速電車も廃止され、のんびりとした鉄道の旅の楽しみを甘受できる文化も、もうなくなりつつあるのかもしれない。

 僕自身、旅に出るような時間的金銭的余裕もないが、みかんに代わる今の時代の新しい旅情が何か、というのは知りたいものだ。新幹線で食べるスジャータのアイスクリームだろうか。あるいは、ロマンスカーの車内で買うコーヒーかもしれない。駅弁はまだまだあちこちで売っているし、もしかしたら何か僕の知らない新しい鉄道旅行の楽しみ方もあるのかもしれない。コロナ禍で先行きが不透明とはいえ、観光立国の掛け声のもとでリゾート列車が各地で走り、様々なプランが宿泊施設などで用意されている。

 ただ僕は、リゾート列車に乗るようなのとは違う、あらかじめ用意されたのではない自然な旅の楽しみ方がしたいのだ。もっと貧乏で、あてのない、それでいて暖かみのある旅。それは例えば、途中下車した駅で、みかんをもらうような……

 

「青春18きっぷ」ポスター紀行

「青春18きっぷ」ポスター紀行

  • 作者:込山 富秀
  • 発売日: 2015/05/27
  • メディア: 単行本
 

 

余談 - 車の色は空の色

 みかんは甘酸っぱいながら柔らかく、人々の温もりを感じさせ、物語の中でもしばしば人と人を結びつける役割を持つ。余談だが、子供の頃に読んだみかんの話を、もう一つ思い出した。

「これは、レモンのにおいですか?」

ほりばたでのせたお客のしんしが、はなしかけました。

「いいえ、夏みかんですよ。」

しんごうが赤なので、ブレーキをかけてから、うんてんしゅの松井さんは、にこにこしてこたえました。

 これは、あまんきみこ作『車のいろは空のいろ』の一編、「白いぼうし」の冒頭。みかんの甘酸っぱい香りは、いつでも人々の心をくすぐり、和ませる。

 

*1:ちなみに、僕の記憶が正しければ、確か、2月号にもカレンダーの付録がついている。しかし、1月号の方が風景写真や芸術的な写真が多く、2月号の方はもっと車両図鑑のような感じの写真が使われているので、僕が好んで買うのは1月号の方である。

リー・オスカーのベスト盤「風を見たかい」:「約束の地」「朝日のサンフランシスコ・ベイ」ほか

 日が伸びたので、まだ明るいうちに洗濯物を取り込もうと、ベランダに出る。日本海側の上信越の山地でよく冷やされた冷たい空気を運んでくる北西の風がやみ、風は南から吹くようになる。我が家は海沿いにあるわけではないが、南風は微かな潮の匂いをベランダまで届けてくれる。春の訪れを感じる瞬間だ。もちろんこの後に立て続けにくしゃみをし、ついで鼻血混じりの鼻水が出てくるところまでが定石である。

 風が吹いてくると、思い出すLP盤がある。その名も「風を見たかい」だ。

ベスト・オブ・リー・オスカー

ベスト・オブ・リー・オスカー

 

 

 これは、1981年に発売されたリー・オスカーのベスト盤 The best of Lee Osker のライナーノーツに付せられた邦題である。CD盤にはそのようなタイトルはついていないようだ。

 リー・オスカーはデンマーク出身のハーモニカ奏者で、やはり彼も40年代生まれ、1948年に生まれて現在72歳。18歳の時にハーモニカをひとつポケットに入れてニューヨークへやってきたという。西海岸に流れ着いた彼は、70年代に次々とヒット作を送り出し、米国屈指の器楽奏者として名を馳せた。アルバム冒頭に入っている1976年の The promised landや、1978年の Before the rain が有名かもしれない。The promised land の邦訳は「約束の地」だが、それが最初に収録されたアルバム Lee Osker のA面1番がThe journey だっためか、ネット上では「約束の旅」と書いている人もいる。2番がImmigrant で、3番が約束の地だった。

Lee Oskar

Lee Oskar

  • アーティスト:Oskar, Lee
  • 発売日: 1995/01/24
  • メディア: CD
 

 

 暖かい風を感じると、ドライブに行きたくなる。いつだったか、ロサンゼルスからサンフランシスコまで、6, 7時間のロングドライブをやったことがある。夕方にサンタモニカを過ぎて海沿いのパシフィック・コースト・ハイウェイに進路を取り、太平洋に沈む夕日を眺める。日が沈むと共に海を離れ、砂漠地帯を一路北へ向かい、途中のタコベルで軽くディナーを済ませ、日付が変わる頃にサンタ・クルーズの宿になんとかたどり着き、翌日サンフランシスコ入りした。別の時には、サンノゼからサンフランシスコへ向かい、完全にジャムにはまって打ち合わせに2時間近くも遅れたことがある。日が暮れてしまったのでその後の予定は全部忘れて、フィッシャーマンズワーフのピアでカニだかエビだかを食べた。またある時には、半日サボってナパワインを飲みに行こうとしたが遠いので、スタンフォード大の裏の山の上のワイナリーでテイスティングしたこともあった。僕は運転者だったのでアルコールは飲まなかったが……いずれにしても、それらアメリカ西海岸でのドライブの時の記憶と重なるからか、このベストアルバムに入っている San Franco Bay (邦題は「朝日のサンフランシスコ・ベイ」)も好きな曲の一つだ。

 この曲には歌詞がついていて、「百万人が行き交うサンフランシスコ、一人として見知った顔はいない、90万が9時5時で働いて、残りの10万は夜通し働く、サンフランシスコベイでは、みなサンフランシスコのやり方で楽しむのさ」云々と歌われる。サンフランシスコのせわしなさを描写しつつも、まだどこか西海岸の牧歌的な香りの残る情景だ。地価が高騰して人の住めなくなった今のサンフランシスコとは、ややイメージが異なるかもしれない。

 

鈴木英人 版画 作品集 VOL.1&2 セット

鈴木英人 版画 作品集 VOL.1&2 セット

  • メディア: ホーム&キッチン
 

 

 このオスカーの盤でもうひとつ好きなポイントがある。それは、鈴木英人のジャケットデザイン。鈴木英人はいろいろな人のLPジャケットにイラストを描いているが、このエキゾチックで爽やかな感じがたまらない。一度テレビでその制作風景を見たことがある。まだDTPなどない時代で、トレーシングペーパーを何枚も重ねたものをレイヤーとして、緻密に色と図形を配していく職人技だった。

 リー・オスカーをWikipediaで見ようとすると、中国語と韓国語のページはあるが、日本語のページはない。当時聴き尽くされて、いまや聴く人もいないのか。これまでもブログ記事をいくつか書いてきて思ったが、どうやら僕の音楽体験は1940年代生まれのアーティストにかなりフォーカスされているようだ(1940年代生まれの音楽家たち - 読んだ木)。それは、うちにあったレコードがそうだったからとしか言いようがないのだが、そのアーティストたちがあまり聴き継がれていないことは返す返すも残念である。僕が大好きで、その影響でフリューゲルホルンまで買ったチャック・マンジョーネ(1940年生まれ)も、いまや知る人ぞ知るプレイヤーだ。神谷町の文房具屋に、多分ブルーノートでやった時のものだろう、サイン盤が文房具の棚の間に飾られていてぶったまげたことがある。その店主の方が好きだったそうだ。また機会があれば、チャックについても書こうと思う。

フィール・ソー・グッド

フィール・ソー・グッド

 

 

▼この記事の続き

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* * *

〔季節に合わせた曲の話シリーズ〕

春の訪れを感じた時:「モーツァルト日和 - 読んだ木
春のまだ肌寒い頃「リー・オスカーのベスト盤「風を見たかい」:「約束の地」「朝日のサンフランシスコ・ベイ」ほか - 読んだ木
少し暖かい春の朝:「カーペンターズの朝 - 読んだ木
初夏の空気:「懐かしい吹奏楽曲「セドナ」を聴きながら - 読んだ木」 
真夏の始まり:「大瀧詠一で真夏を彩る - 読んだ木

 

あてのない散策の記憶

 高校生の頃、途中で部活を辞めたために随分暇だった時期があった。そう、この記事(男子高校生の演奏 - 読んだ木)で書いた吹奏楽部を、高校3年生の春に辞めたのだった。暇だったから何をしていたかというと、延々と歩いていた。当時のブログが残っていないことが痛恨だが、東京や埼玉や千葉のあちらこちらをとにかく歩き通していた。

 そんなことを思い出したのは、昨日尾久の車両基地を見たときに、前にここに来た時の記憶が呼び覚まされたからだ。

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 その時は、確か北千住駅から歩き始めたのだった。まだスマートフォンも持っておらず、google mapもないような時代だったと思う。なぜ北千住駅から出発したのか、そもそもなぜ歩こうと思ったのか、平日だったのか休日だったのか、もはや何も思い出せない。ただ、そのときに歩いたルートと立ち寄った場所は、おぼろげに記憶にある。とはいえそれも、いくつかの散策の時の記憶がまぜこぜになっているものかもしれない。

 北千住から日光街道を南下してまず立ち寄ったのは、足立市場の食堂だった。おそらくここで朝食を食べたのだろう。市場だからといって、何かおいしいものを食べた訳ではない。安かったからそれを選んだのだと思う。高校生だったから、自由になるお金などいくらもなかった。腹ごなしをしてからさらに南下して、南千住駅入り口の南千住警察署か三ノ輪駅大関横丁で右折して、今度は明治通りを西進するルートをとった。もしかしたら都電に乗ろうと思ったのかもしれない。都電の三ノ輪橋駅が見つからないまま大関横丁の交差点まで来てしまったので、そこで右折したのだろう。

 さて、右折しても都電には行きあたらない。都電はさらに荒川寄りの北側を、明治通りと並行して西進するからである。荒川区役所の前を過ぎてずんずん歩いていくと、京成線の新三河島駅がある。僕はその頃、JR常磐線三河島駅しか知らなかったし、三河島駅といえば常磐線の快速が通過する何もない駅というイメージがあったから、三河島駅だけでなく新三河島駅があるというのに大層驚いた記憶がある。

 さらに歩いていくと、尾久橋通りと交差する大きな交差点に出る。この場所もよく覚えているのだが、変哲のない下町の中に、突如としてなんだか真新しい橋脚が現れたのだった。それは、建設中の日暮里・舎人ライナーであった。駅でいうと、西日暮里と赤土小学校前の間に当たる場所だ。そのときに、携帯のカメラで写真を撮ったのだが、あいにくそのデータはすでに逸してしまった。

 

 

 さらに明治通りを道なりに歩いていくと、尾久車両センターに近づいてくる。ただ、地図がなく道がよくわからないのと、歩き疲れていたので、客車操車場や尾久駅のほうまで行かずに、その手前で左折した。すると、JR東日本東京支社のビルがある、田端操車場の横に突き当たる。そこでは、間近に電気機関車などが停まっているのを見ることができ、奥の新幹線車両基地に留置されている新幹線も見ることができる。俄然元気が湧いて、機関車の写真を撮ったりしながら操車場沿いを西進、大宮方へと歩いていく。

 ずーっと歩いていくと、操車場と新幹線の車両基地が終わり、南から新幹線の本線高架と京浜東北線山手貨物線が近づいてくる。するとその先に跨線橋が現れ、それらの線路を南に跨ぐと滝野川女子学園の前に出る。ちょうど下校時間だったらしく、わらわらと生徒たちが学校から出てきた。女生徒たちの集団に気圧されて縁石につまづいたりしながらなんとなく人の波についていくと京浜東北線上中里駅に着き、ひとまずここで散策が終わったのであった。僕はそこから北行きの京浜東北線に乗り、帰宅したのだろうと思う。

 

 地図もなく、目的もなくなんとなくただ歩くだけの時間だったが、それは高校生らしい煩悶と、やや重い事案を家庭の中に抱えていた僕の、ささやかな自分探しの旅でもあった。ガンジス川ではなく神田川マチュピチュではなく同潤会アパートモン・サン・ミシェルではなく海芝浦駅だったけれども、そういったところに訪れることで、普段自分のいる場所を相対化し、それの儚さを知り、また新しい世界に想いを馳せたのだった。推測だけで来たことのない道を辿りながら、その間にいろいろ考えたり、感じたりしたものが僕の原体験にあるのだろう。少なくとも、東京の地理には多少詳しくなった。

 煩悶や苦悩は年を追うごとに増えていったが、もうそんなささやかな旅をする暇もない。車を運転するようになってからは、道もだいぶ覚えてしまった。しかし、もし許されるのなら、またああいう当てのない旅をする時間を1日だけでも持ちたいものだと思う。

 

ウォークス 歩くことの精神史

ウォークス 歩くことの精神史

 

 

3歳児と歩く飛鳥山公園とその周辺

 

 休みの日になると、コロナで予約制になってしまった近隣の児童館に片っ端から電話をかけるが、人の考えることは皆同じで、予約開始時刻にはずっと話し中で繋がらず、繋がったときにはもう予約が一杯になっていることが多い。いくら外出自粛とはいえ、幼い子供にとって休日の外出は知力、体力等を伸ばすために不可欠な機会であって、感染を防止しつつ積極的にその機会を確保したいと思っている。

 今朝も電話をかけたが、近くの児童館の利用予約が取れなかった。しかしせっかく天気も良いのだし、どこかへ行こうかと思案していたところ、前回の記事で、都内の近場にある公園として都電おもいで公園を挙げたことを思い出した。

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 そこで、ここへお散歩に行く提案を子供に諮ると快諾されたので、JRに乗って王子へ向かうことにした。いつもは数駅で降りたがる子供も、目的地がはっきりしていると忍耐が続く。田端を過ぎると、先日の地震の影響で運休になっている山形新幹線の車両などが車庫にずらりと並んでいるのが見られ、子供はご満悦だ。

 王子から都電に乗り換えて3駅。子供はドアの窓に張り付いて車窓を楽しみ、荒川車庫電停でうきうきしながら電車を降りた。

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 ところが、全く迂闊なことに、都電おもいで公園はコロナ対策で当面のあいだ閉鎖となっていたのだ。博物館と違って公園だから開いているだろうと、調べもしなかったのが失敗だった。あらかわ遊園も休園中だし、わざわざ荒川車庫まで来たのに行くところがない。時間は昼に近くなっている。これ以上悔やんでみても仕方ない。歩いて10分のところにJRの尾久駅があり、このへんはファミレスが充実しているので、とりあえず腹ごしらえして態勢を整える。そうして、飛鳥山へ向かうことになった。

 しかし、ただ向かうのではない。まずは、目の前に広がっている尾久車両センターを、北側の跨線橋から堪能。ここに長らく置いてある、北斗星に使用されていた24系客車や、最近入ってきてたくさん留置されているレールキヤ195系、子供には見えなかったようだが奥には四季島001系も停まっていた。

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 折しも、新しい踊り子号こと、中央線特急あずさ・かいじから転用されたE257系の横を、長らく踊り子号の看板を背負って走ってきた185系が回送で駆け抜けてゆく。ほかにも、スーパーひたちとして活躍した651系が、交流機器を封じられて特急草津として通り過ぎていく。

 線路沿いを飛鳥山へ歩いていくといくつか児童公園があり、その度に子供は一通り遊んでいく。北区の行政的手腕によるものなのだろうか、どの公園もそれなりの広さがあり、遊具も新しい。梶原の明美製菓で売っている「都電もなか」にも後ろ髪を引かれつつ、線路沿いをさらに進み王子駅へ。JRのガードをくぐり、坂を上がれば飛鳥山公園だ。子供の足で歩いても、荒川車庫から20分とかからないぐらいだろう。

 

 王子駅から飛鳥山公園に上がる斜行エレベーターが混んでいたので、都電の道路併用軌道に沿って飛鳥山の外周を上っていく。スロープを上がれば飛鳥山公園に到着だ。

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 早速、都電6000形がお出迎え。都電おもいで広場が閉まっていても、ここに都電の電車が安置されていたのだ。その隣には、D51が堂々の威容を誇っている。

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 横にあった説明板によれば、この車両の総走行距離は月2往復半に相当するという。頭の中でささきいさおの歌う銀河鉄道999のテーマソングが不意に再生される。これは映画版で流れていたゴダイゴのものではなく、テレビ版で流れていたものだ。ただし、999号の蒸気機関車はC62で、無骨なD51よりもう少し優美な見た目である。そういえば、先日火星に2台目の探査機が着陸したという話もあった。夢のあることだ。

 

 広場の中央にある遊具は大きく、沢山の子供たちが遊んでいる。うちの子も、かれこれ1時間以上、やみつきになっていた。

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 小さい遊具も沢山あり、3歳から10年間ぐらいは楽しめそうな場所だ。

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 ゾウの滑り台。

 

 公園の東側からは新幹線が眺められる。あいにく一部不通の影響で本数が少なかったが、それでもE7系E4系など北陸・上越新幹線の主力を見ることができた。帰りは空いている斜行エレベーター、あすかパークレールで下山。子供はご満悦で、帰りの電車ではぐっすり寝ていた。

 飛鳥山公園は、妾を孕ませまくって子供をたくさん作ったことで有名な渋沢栄一の住居が置かれていた場所で、その跡地が博物館となり、渋沢ゆかりの展示をしているという。大河ドラマでも渋沢を取り上げたものをやるらしいが、ただでさえ人の多い飛鳥山公園がさらに賑わうことは必定である。桜の名所としても有名だが、今年も花見は中止となるのだろうか。

 

 

 ちなみに、飛鳥山公園に行ってからというもの、週末が来るたびに子供が「路面電車蒸気機関車のある公園に行きたい」とせがむ。飛鳥山公園はいい公園だが、ただ一点惜しい点があるとすれば、我が家から遠いことだ。そんなに毎週は行けないぞ、わが子よ。

 

こどもとおでかけ365日 2021-2022 首都圏版

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  • 発売日: 2021/01/26
  • メディア: Kindle
 

 

 続きは以下へ、東京の東側にある公園の話。

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・子供と公園散歩シリーズ(?)

川崎大師と大師公園 - 読んだ木

子供と一緒に箱根周遊コースとその沿線 - 読んだ木

子供を連れて清澄公園と木場公園へ - 読んだ木

3歳児と歩く飛鳥山公園とその周辺 - 読んだ木

東武博物館への思い入れ

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2022年年始、エントランスに飾られていたSL大樹(段ボール製模型)

 子供が大きくなってきて、博物館なども少しずつ楽しめるようになったので、先だって東武博物館へ行った。

 数ある博物館のなかでそこを選んだ理由はいろいろある。子供が鉄道好きなので、鉄道博物館へ行こうと思ったのだが、うちは東京の南側なので、大宮の鉄道博物館は遠い。さらに、今はコロナ対策で予約制になっており、その手続きが面倒だ。子供が博物館へ行くかいかないかなんて当日の気分で決まることだが、当日ではもう予約が埋まっている。もっと遠くにいけば、青梅鉄道公園碓氷峠鉄道文化むらなど一日遊べるところもあるが、そこまで遠くに行くには早起きするなど準備も必要だ。ぱっと思い立って(あるいは思い立った子供にせがまれて)行ける距離ではない。

 

▼僕の子供の頃、鉄道博物館万世橋にあって行きやすかったのだけれど……

 

青梅鉄道公園には0系が置いてあるよ

カラー版 東京鉄道遺産100選 (中公新書)
 

 

碓氷峠鉄道文化むらは、碓氷峠の麓側の横川駅横にあってたくさんの車両が野ざらしになっている。お昼ご飯はもちろんおぎのやの「峠の釜めし」に決まりだ。峠の釜めしは確か上信越道の横川PAでも売っている

諦めない経営 「峠の釜めし」荻野屋の135年

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 他に東京近郊で鉄道博物館というと、京王れーるランドや東急電車とバスの博物館もあるが、それらは私鉄で遠くまで行くのでいかんせん遠いし、最近開館した横浜の京急の博物館はできたばかりで展示が少なく、駅からも歩かされる。西武の博物館ときたらウェブサイト上にしかない。小田急はそもそも博物館がなくて、ようやく今年開館する予定だときている。

 

 ▼あのロマンスカーを展示する博物館がこれまでなかったなんて。。。

鉄道KING Vol.3 私鉄特急大集合! (旅と鉄道)

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 もっと都内の近場でいくと、葛西には地下鉄博物館、荒川車庫には都電おもいで広場があるから、子供がそれほど電車に詳しくなければそこに行くのもいい。しかし、電車もいろいろなものが見たい、特急や汽車も見たい、ジオラマも……となってくると、地下鉄だけ、都電だけの博物館ではわざわざ行っても、飽きてすぐ帰るという憂き目に遭いかねない。都電おもいで広場のすぐ近くにはあらかわ遊園があるのだが、2022年までリニューアル工事で休園している。(この記事を書いた後に都電おもいで広場へ行ったらコロナ対策で閉鎖されていたので、代わりに飛鳥山公園に行ったら結構遊べた話はこちら

 

▼都電は東京の近現代史の映し鏡として、むしろ大人が楽しめるかも

 

 そこへいくと、東武博物館は素晴らしい。まず、アクセスが非常に良い。浅草線半蔵門線、あるいは銀座線で浅草か押上、なんなら曳舟に出てしまえば、博物館のある東向島までは東武の普通で数駅である。浅草、業平橋東京スカイツリー)=押上、曳舟東向島と、浅草からでもたった3駅。博物館は高架のすぐ下にあるので雨にも濡れず、ほとんど歩くこともなく到着する。お世辞にも広いとはいえない館内だが、入り口には定期的に模擬運転のある蒸気機関車と戦前の電車の復元があり、中へ進むと電車の運転体験があり、バス、ロープウェイ、路面電車、特急電車がこれらも実物大で復元されている。突き当たりには大きなジオラマがあって、たしか毎正時運行だったはずだ。上にあがれば東向島の駅にくる電車を間近で見られる場所もある。それぞれなかなかに見応えがあり、すべてを堪能するには飽きっぽい我が子でも1時間以上を要した。入館料も大人210円(IC200円)、子供100円、3歳児以下無料とリーズナブル。

 ▼東武博物館のある東向島駅は、梅や萩、紅葉などでも知られる向島百花園の最寄駅でもある

 

 

 ただ、このことだけが東武博物館を選ぶ理由ではない。

 その真の理由は、僕が幼少期から大学時代まで東武線の愛用者だったことにある。僕が鉄道に親しむようになったきっかけは祖父にあるが、祖父の家は東武野田線の沿線にあった。だから、幼い頃に祖父に連れられて電車を観に行くたびに眺めていたのは東武8000系だ(以下形式については、「型」で分かれているところも煩雑を避けるため「系」で統一する)。そのイメージが、僕の頭の中にある「電車」のプロトタイプである。その頃の野田線は、修繕後も丸目の前面形状未変更車と、修繕後に角目になったニューフェイスが入り混じっていて、僕はニューフェイスの方が好きだった。僕がちょうど今の我が子と同じかそれより少し大きいぐらいの歳の頃、祖父はよく僕を万世橋鉄道博物館と、東向島東武博物館に連れて行ってくれたものだ。(思うに、東武の博物館の展示はその頃からこの方あまり変わっていない。)

KATO Nゲージ 東武鉄道8000系 更新車 4両基本セット 10-1647 鉄道模型 電車

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 大きくなると、家族旅行で登山をするようになる。そこで日光や会津に向かうときも、東武線の快速電車で行った。6050系に揺られて栃木まで行く長丁場でだいぶ大変だったろうと思うが、結構何度もそのルートで行った記憶がある。6050系の顔は8000系の前面形状変更のデザインの元となったもので僕の好みであり、そのことも僕の鉄道旅行に楽しみを添えてくれた。

 

 高校に入る頃には家族旅行も無くなってきたが、その高校が東武東上線沿いにあった。そこで僕は毎日東上線に乗り、8000系に再会し、それまであまり馴染みのなかった9000系、10000系にも出会うことになる。しかし、9000系と10000系のライトの形状がどうも気に食わない。それに加えて、もっと気に食わない東武のくせにツルッとした面立ちの50000系の登場により、8000系の活躍の場は徐々に狭められていた。アルミの営団7000系はまだまだ現役なのに何でだよ、と思いながら、ステンレス車両の中では、10030・50系だけに心を許していた。

 

 そうこうするうちに高校を卒業し、さらに遠い大学に通うことになった。いくつかルートがあったが、僕が選んだのは伊勢崎線半蔵門線を経由して行くルート。多分、それが安かったのだろうと思う。そこで出会ったのが、東武30000系だった。東武30000系についてはまた話が長くなるので、「東武30000系の思い出 - 読んだ木」の記事に書いた。詳しくはそちらに譲るとして、ここでは割愛する。

(車両ネタでは他に、東急1000系の話→東急池上線 車両いろいろ、1000系いろいろ - 読んだ木京急2100形・1000形の話→くるりの「赤い電車」の芸の細かさ - 読んだ木東急8000系8500系の話→最近会った東急8000系ファミリー - 読んだ木伊豆急8000系の話→伊豆急行線の8000系 - 読んだ木伊豆急2100系の話→伊豆急2100系 キンメ電車と黒船電車 - 読んだ木もどうぞ)

 

 とにかく、こういう東武線とのつながりが、何かと理由をつけて子供を東武博物館に連れて行く理由となっている。子供は東武博物館に行くときにしか東武の電車に乗ることはないのだが、もう「スペーシア」も覚えたらしい。もう少し大きくなったら、一緒にスペーシアに乗って山でも行きたいものだ。その頃にはもう、リバティしか残っていないかもしれないが、それもまた同じように、子供の原体験となっていくのだろう。

 

きかんしゃやえもん (岩波の子どもの本)

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  • 作者:阿川 弘之
  • 発売日: 1959/12/05
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▼続きとして、子供と路面電車蒸気機関車のある公園へいった時の話

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